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わたしの昼下がり
第31章 煙草の吸殻(2)
 朝食を終えて夫が煙草をふかしている。漂う匂いがいつもと違う。

 「あなた、煙草変えたの?」
 「ん? ああ、変えた訳じゃないよ。昨日、課の連中と呑みに行ったら販促だとか言って配ってたんだよ」

 夫が背広のポケットから煙草の箱を取り出す。

 「そういうこともあるのね。お味はどうなの?」
 「味? 主婦なら値段を気にしそうなものだが、味と来たか。女ってのは男には思いもよらぬことを気にするものだな…」

 そう言ったきり夫は味のことなど答えもせず、新聞の記事に目を遣っている。別にわたしとて、煙草の味に感心がある訳ではない。夫が銘柄を変えるなら、△井に伝えておかないといけないと思っただけなのだ。思いもよらぬことを気にしているのは確かだけど、相変わらずの夫の鈍感さが疎ましい。

 「さて、そろそろ行くか」

 夫が煙草を灰皿で揉み消して立ち上がる。煙草の箱を掴んで背広の内ポケットに入れるとカバンを持って玄関へ行く。違う銘柄の煙草も口には合っているようだ。

 「いってらっしゃい」

 夫が黙って出て行くのを見送ると、部屋に戻って灰皿を洗う。別に夫が銘柄を変えても、夫が吸っても△井が吸ってもその都度灰皿は綺麗にしておけばいいだけだ。匂いに違いはあっても、夫なら嗅覚も鋭くはないだろう。△井もここで煙草を何本も吸う訳でもない。

 …いや、日によってはよほど多く吸っている。夫は昨日の夜も、わたしがとうに銘柄を変えていることに気付かなかった。夫の鈍感さを恨むより、敏感でないことをむしろありがたいと思わなければならない。わたしは窓を開けようとして、ふと思った。△井の嗅覚は今朝の夫の煙草の匂いに気付くだろうかと。この後、娘たちが登校していけばほどなく△井が来る。夫は時間どおりに出勤していった。わたしは窓を開けるのを止め、まだ部屋から出てこない娘たちを起こしに子ども部屋に向かった。△井は今日は何本煙草を吸っていくだろうか。
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