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天狐あやかし秘譚
第72章 侵掠如火(しんりゃくじょか)
カダマシが見たのは、天狐の体の中央から、腕が生えてくるところだった。その手が、スピードが乗り切らないカダマシの頭に向かって伸びてくる。

「殄滅(てんめつ)・・・」

手のひらがカダマシの頭に触れ、その頭がパンと軽い音を立てて弾けた。そのまま、ぐらりと身体が揺れ、巨体がゆっくりと倒れ込んでいった。

「ダリ!」

木の陰から飛び出してきた綾音が駆け寄ってくる。ダリにぎゅっとしがみつくと、頭が吹き飛んで倒れているカダマシをちらと見た。

「げげ・・・グロい・・・」

そこには、首から上が吹き飛び細かな肉片となって散っているカダマシの遺体が横たわっていた。ダリの腕を掴んでいたはずの彼の手は何も握ってはいなかった。綾音がしがみついている間に、みるみるうちにダリの両の腕は宙空に消えていき、カダマシの頭を吹き飛ばした手のみが残った。

カダマシに掴ませていた手は、その両方が、『幻』だったのである。

「さあ、行こう・・・綾音」
ダリは振り返って、歩き出した。
「う・・ん・・・」
綾音は、慌ててダリについていく。そして、歩きながら、ちらっと一度だけ、振り返った。

ピク・・・

あれ?今・・・手、動かなかった?

綾音の胸が騒ぐ。
まさか・・・まさかね・・・

そうは思ったものの、これまでホシガリ様にしても、イタツキにしても、疱瘡神にしても、切っても何をしても死なない化け物をたくさん目にしてきた経験上、首から上を吹き飛ばされても生きているのではないか、という可能性がどうしても頭をよぎってしまう。

もう一度、目を凝らす。
ビクン、と、今度は見間違えのないほど、身体が痙攣していた。

ひい、と小さく悲鳴あげて、綾音がダリの着物の裾を掴む。
「だ・・・ダリ・・・まだ・・・みたい・・・」

ゆっくりと首のないままのカダマシが立ち上がる。そして、驚いたことに、その剥き出しの上半身の腹のあたりに、何筋かの切れ目が入ったかと思うと、あっという間にそれはふたつの目と口、そして鼻になった。

要するに、カダマシの腹に、新しい顔が浮かび上がったのである。
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