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天狐あやかし秘譚
第70章 反転攻勢(はんてんこうせい)
少し、ホッとした。ホッとして、顔を上げたが、その時に見た緋紅の顔を見て、キヌギヌは背筋が凍りつく思いをすることになる。

凄絶な笑みだった。
残虐な思いに満ちた、狂った目をしている。
ただ、人を苦しめるときに彼がする、そんな目だった。

「ひとりだけあんな目にあったら可愛そうだよねえ・・・
 ねえ?君もそう思うならさ」

行きなよ・・・これから・・・
ヤギョウの『伽』に

ふふふ・・・くっくっく・・
はっはっは!!

楽しそうに笑う。
本当に、楽しそうに。

お館様は・・・お館様は、はなからふたりとも許す気なんてなかったんだ。
なかった・・・

「ねえ?返事は?キヌギヌ?
 いつもみたいにさ・・・返事してよ!!」

さあ、と手を伸ばす。

返事は・・・決まっていた。

涙が滲む目を緋紅に向ける。唇を噛むことも許されない。
震えながらでも、微笑んで、言うしかない。

「は・・・はい・・・喜んで・・・。
 お館様の・・・御心のままに」

はーはっはっは!
 はーはっはっは!

狂ったような哄笑が昏い和室に響き渡る。
キヌギヌはふらふらと立ち上がり、一礼して、部屋を去った。

そして、向かう。
陵虐の間に・・・姉はまだ良かったかも知れない。
私に無理やり押し込まれたのだから。

私は、あの地獄に、自分で・・・自らの足で向かわなければならない。

足が震える。身体がスーッと冷たくなる。
姉の様子は先刻見た。
身体中がベタベタとした匂い立つ精液にまみれ、女性器や尻穴はだらしなく広がり、拭っても拭ってもとめどなく白濁液を吐き出し続けていた。それどころか、口の端からは息をするたびに精液と胃液が混じったような吐物がこぼれ落ちてもいる。おそらく、体の表面だけなく、中までもねっとりとした濃厚な精液が注ぎ込まれ尽くしたに違いない。
時折ビクリと身体を震わす以外は、目は力なく虚空を見つめ、眉間には恍惚とも、苦痛ともつかないシワが刻まれている。

一体、どう犯されたらあんなふうになるのか。
いまだ、姉は意識を明確に取り戻していない。

そこに・・・向かわなければならない。

ははは・・・・

笑えてきた。絶望のあまり。
戻ることはできない。後戻りできない地獄。

涙を流して、どんな顔をすればいいかわからないまま、キヌギヌは、虚ろな笑いを浮かべて地下に歩みを進めていった。
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