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天狐あやかし秘譚
第69章 鎧袖一触(がいしょういっしょく)
ああ・・・覚えているよ、あんた、荻野だろ?
お前は俺のことなんて、忘れちまっただろうけどな・・・

足の筋肉に力を込める。ブワッと筋繊維が一気に剛直し、莫大な力がそこに溜まっていく。

ひゅ!

息を吸う。
そして、主観的には軽い跳躍。
しかし、『童子』となった俺の100キロを超す巨体は簡単に浮き上がり、校舎の三階に到達した。

恐怖に目を剥く男子生徒
倒れ込み、折り重なってでも逃げようとする女子生徒
硬直し、震える目で俺を見つめる間抜け面の教師

莫大な筋力と俊敏性を使いこなすために、処理能力が高められた中枢神経に、全ての光景がスローモーションに映る。跳躍の最高地点、通常の人間には感知できないほどの刹那を捉えて、俺は思いっきり腰を捻り、右足をぶん回す。

「オラよ!」

バリリリリン!

目の前の教室の窓ガラスが、俺の放った蹴りの衝撃波で一気に弾け飛ぶ。次の瞬間、俺は、強く『空を蹴った』。

空気は弾性体だ。押されれば縮む。
しかし、縮む速度には限界がある。つまり、それを超えた速さで蹴られれば空気の壁ができるという寸法だ。具体的には音速を超える速さで蹴ればいい。蹴り出した足に確かな反発を感じる。

物理法則に反した動きで、俺の身体は割れた窓ガラスを通り抜け、教室に踊り入った。先程の蹴りの風圧だけで大部分の生徒は壁に叩きつけられ、そうでなかった生徒も、俺の顔を見て、怯えた目をして腰を抜かしたようにへたり込んでいる。

ジョロロロ・・・

尿の匂いが鼻につく。

教室の右手奥にへたり込んでいたおさげの女生徒の股間がじっとりと濡れていた。恐怖のあまりの失禁であることはすぐに分かった。

俺は、自分の肉体が周囲の人間に与えたインパクトに満足していた。
俺を馬鹿にした奴らが、そこここでひれ伏している・・・
それは何ものにも代えがたい愉悦を俺に感じさせる。

だが・・・まだだ・・・まだ。
もっと、もっと思い知らせてやる。お前らに、お前ら全員に・・・だ。

「はっはー!てめえらまとめて後悔させてやる・・・男は殺す、女は犯してやる!!」

左手で気絶しかけた教師が何事かを言おうとしたので、軽く手を振る。たったそれだけの仕草で、発生した空気の指弾が、教師の眉間を打ち、彼はあえなく失神した。その教師は、よく見れば、荻野だった。
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