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天狐あやかし秘譚
第127章 有為転変(ういてんぺん)
☆☆☆
八握剣と天魔反戈の激突により木々が円形になぎ倒され、鞍馬山の一角に奇妙に見晴らしの良い場所が生まれていた。その円形の荒れ地の中央辺りには崩れ落ちるようにうずくまったまま後ろ手に縛られたスクセが、そしてその傍にはダリがいる。綾音はと言えば、ダリが放った閃光に紛れ、その円形地の端まではこられたものの、そこで立ち止まらざるを得なくなっていた。

なぜなら、スクセとダリを挟んで綾音と反対の方、先程『綾音』が落ちた崖近くに御九里が立ち、無表情でその喉元に己の呪具である鬼丸国綱改(おにまるくにつなあらため)の切っ先を突きつけているからだ。

綾音から少し離れたところにいる御池も、この状況を前に、どうすることもできずに佇んでいた。

綾音は動けないながらも先程から声だけがこだましているキヌギヌの姿を探してキョロキョロとあたりを見渡していた。

実際のところ、キヌギヌはスクセの傍ら、ダリからもほど近いところに立っていたのだ。ただ、この場にいるすべての人の五感から、自らの姿を強制的に排除する事により、誰にも悟られずにそこに居続けているというわけである。

『お姉ちゃん』

キヌギヌはスクセの肩に手をかけて囁いた。手をかけた感触もささやき声も、そして、スクセを縛っていた縄を解いたことも彼女の感覚器官は捉えてはいる。しかし、その五感情報は辺津鏡の力によって歪められてしまっており、脳に届いて『認識』されることはない。故に、キヌギヌの行為に誰一人気づかないのだ。

そして、一度でも辺津鏡で心の裏を見通されたものは、キヌギヌが辺津鏡に触れ、その視界に捉えていさえすれば何度でも完全に操ることができる。そして、視界から外れたとしても、その瞬間に術が解けるほど甘くはない。確かにキヌギヌが自負するとおり、この能力は心を持つ相手には無敵であると言えた。

「立ちなさい」

声を出す。今度は聞こえるように。しかし、聞こえたとしても方向感覚を奪っているので、自分の場所が定位されることはない。

何度も心を覗かれているスクセは、たった一言であっという間に洗脳状態に陥り、自分の意志とは全く無関係に体が動くことになる。

「水有・・・」
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