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天狐あやかし秘譚
第114章 天道是非(てんどうぜひ)
☆☆☆
窓のない和室。左右にある行灯の火がチラチラと周囲を照らし出していた。
奥にある上段の間に男がひとり座っている。

男に向かって右手には、巫女服姿の女性がひとり、静かに座っていた。巫女服と言っても、下は赤色の袴なのだが、上はやや桃色かかった色をした上衣である。

「戻って来たみたいです」
「ああ・・・そうだね」
女性が声を発し、男のほうが答えた。

男は名を緋紅と言い、女の方はキヌギヌと呼ばれていた。

不意に和室の空間の一点がぐにゃりと歪み、そこが音もなく縦に裂けた。裂けた先には濃淡のある闇が渦巻いている。その裂け目の闇からまずは手が、ついで身体が出てきた。

それは、黒いベールを被った、黒服の女・・・先ほどまで京都にあった自身のオフィスでSUKUSEと名乗っていた人物だった。

女性は、黒い裂け目・・・鬼道から這い出した途端、力を使い果たしたかのように膝から崩れ落ち、苦しそうに喘いでいた。

「おかえり、スクセ」

緋紅がニヤリと笑ったその表情は、スクセはもちろんのこと、彼に背を向けていたキヌギヌも見ることはなかった。

「スクセ?」
主から声をかけられたにも関わらず答えないことに苛立ったように、キヌギヌが言葉をかけた。キヌギヌとて、適合者でもない姉・・・スクセが鬼道を操る神宝『道返玉』を使えば、精神的にも肉体的にも非常に強い消耗を強いられることくらい承知している。知った上で、わざとこのような言い方をしたのだ。

それは、彼女が緋紅の性格をよく知っているからに他ならない。緋紅なら、どんなに辛かろうが、苦しかろうが、自身に対する無礼は許さない・・・そういう彼のサディスティックな面を先読みしての物言いだった。

「キヌギヌ、いいよ。
 スクセは苦しそうだ。
 人をやって早く休ませよう」

え?

自分の予想に反した優しい声が背後から聞こえたことに、キヌギヌは戸惑った。緋紅が声を上げ、手を叩く。すると正面の襖が音もなく開き、いつも部屋近くに控えている『従者』が姿を現した。
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