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天狐あやかし秘譚
第76章 人面獣心(じんめんじゅうしん)
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【人面獣心】冷酷非情な人、義理人情を解さない人のこと。
顔は一見人間みたいだけど・・・え?ケダモノですか!?みたいな。
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緋紅の怒りに触れないようにか、屋敷の従者の方は衾の影に隠れて顔すら出さなかった。確かに、この状態の緋紅に対すれば、些細な言動のミスで容易に首が(物理的な意味で)飛んでしまう。屋敷の従者たちは、そうして殺された何人もの同僚を見てきたのだ。

自分が殺されなければ、他者が凌辱されるのを黙って見過ごす。見過ごさざるを得ない、そんな心理がこの屋敷には蔓延していた。

「戒めはもう切っていい」
緋紅が従者に命じる。彼はやはり衾の影に隠れつつ、そそくさと手にしたナイフで女の手を縛っていた荒縄を切り、猿轡を外させる。

『早く行け、ミオ・・・』

従者が、その女ーミオーに部屋に入るよう急かす。早くこの場から離れたいからだ。ミオもまた気持ちは同じだったが、命令に従わなければ、この場で即死だろうとも感じていた。もっとも、従ったところで後に死ぬことになる可能性は高いのだが。

ミオはゆっくりと立ち上がり、全裸のまま部屋に入った。彼女が3メートルほど進んだところで、衾はすーっとしまり、パタン、という音が鳴る。その些細な音が、ミオにとっては死刑執行のボタンが押される音のように感じられる。

「早く来い」

緋紅が言う。その目に宿る憎しみの色にミオはたじろぐが、どうすることもできない。身体は震え、目尻から涙が滲む。

「早くしろ!」

怒鳴られて、ビクリと身体が跳ねる。歩を早め、緋紅の前に跪いた。

ーお願い・・・殺さないで!

ここに来るまでの間、従者達はミオに『供物』の役目について教えていた。それがなかったとしても、ミオも24を数える女だ。裸に剥かれた段階で、これから何が行われる可能性があるかなど、容易に想像できる。

問題は、その後だ。『供物』となった後、自分が生きている保証がない・・・。
それは彼女を絶望的な気持ちにさせた。

可能な限りゆっくりと、それでいて緋紅の、ここではお館様と呼ばれているこの男の機嫌を損ねない程度の速さで進む・・・それが囚われの身である彼女にできる精一杯のことだった。
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