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千一夜
第59章 第八夜 island 違和感
 五千億円の赤字を出した会社のCFOになっても、河田が変わることはなかった。家には仕事を持ち込まないし、私は河田から仕事の話を聞いたことがない。
 唯一変わったことと言えば、今まで乗っていたレンジローバーを手放して、五千億の赤字を出した会社の車を購入したことくらいだ。
 自動車会社の役員が、他社の車に乗ることはあまり宜しくない(もちろん他社の車に乗るなという決まりがあるわけではないが、そういう暗黙の了解を破る無駄なエネルギーを河田は持ち合わせてはいない)。
 私はステップ〇〇〇で十分なのだが、レンジローバーのハンドルを握っていた河田の父だけは、レンジローバーに未練があるようだった。
 今、河田の両親は私たちと同じマンションの別の階に住んでいる。河田の父は上野にある機械工具を卸している小さな会社を辞めて、河田の個人資産管理会社の代表となった。
 河田の両親との付き合いも幸いにして良好だ。お互いにどのくらいの距離を保てばいいのかを理解している。河田の両親は孫を愛してくれるし、だから孫の面倒も積極的にみてくれる。
 ソファに腰掛けて海を眺めることが出来るのも、河田の両親のお陰だ。すべてが順調に進んでいる。平和の空気を思う存分私は吸う。
 だからと言って私と河田が全く喧嘩しないわけではない。例えばこんな感じで……。
「僕が塾に行ったのは高校三年の夏休みだけだ。勉強なんて塾に行かなくてもできる。それにわざわざ私立の小学校に入れる意味がわからない。私立も公立も同じだよ」
「勉強が出来て東大に入ったあなたには私の気持ちなんてわからないのよ。会う人会う人にこう言われるのよ『ご主人が東大だからお子さんも東大を目指すんでしょ。お受験は大切よね』。そう言うプレッシャー私一人が受け止めているのよ」
「くだらない。親が東大だからその子供も東大だなんていつの時代の話なんだよ。子供には子供の生き方があるんだ。君に言っておくけど、子供の人生は子どもが切り開いていくんだ。東大なんて関係ない」
 河田が怒ると、私を“麗子”ではなく“君”と呼ぶ。
「だからって好き勝手にさせていいわけないでしょ」
「ふん」
「何がふんよ」
 大企業のCFOの家庭だって、他の家とは変わらない。
「はぁ」
 夜が近づくと、なぜかため息が出る。河田は今夜もまた私の体を求める。
 そしてもう一つ……暑い夏がやってくる。
 
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