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熱帯夜に溺れる
第5章 沈殿する夏、静止する冬
「あなたいくつ?」
「……ハタチです」
「ハタチっ? うわぁ……。純、あんたとうとうこんな若い子にしがみつくようになったの? 未成年じゃないだけいいけど、ひと回り以上離れているじゃない」
「俺が誰と付き合おうと由貴には関係ないだろ」

 慣れた口調で互いの名前を呼び捨てにし合うふたりのやりとりが、莉子の直感を確信に変える。ああ……やっぱり、そうなんだと、莉子の心の穴にはその事実がすとんと落ちた。

 この女性は純の恋人だった人だ。いつの頃の恋人かはわからない。けれど莉子と出会う前の純を知っている女性だ。
 莉子と同じように、純とキスをした女性。莉子と同じように、純に抱かれた女性。

 できれば知りたくなかった。できれば会いたくなかった。

「そうね。付き合うだけなら関係ないよ。……彼女、少し借りていい?」
「は?」
「え?」

 たとえるなら「ボールペン借りていい?」と同じ調子の由貴の提案に、莉子と純は同時に戸惑いの表情を浮かべた。

「そんなに時間は取らせない。純はどこかで暇でも潰していてよ。ね、少しお話しようよ。お茶とケーキくらいならお姉さんが奢ってあげる」

 純が抗議の声を上げる前に、莉子は由貴に腕を引っ張られて公園から連れ出されてしまった。為す術もなく莉子を見送る純の顔は、やはり冴えない。

 莉子が連れて行かれた先は八丁通り沿いの大型チェーン店のカフェ。先にオーダーと会計を済ます形式の店だ。

 奢ってくれると言うのを莉子は丁重に辞退して自分の分のカフェラテの代金を支払った。ケーキは食べないの? と由貴に聞かれたが、こんな状況で甘いものを口にする気にはなれない。

「自己紹介がまだだったね。真瀬由貴《まなせ ゆき》よ。真瀬は旧姓ね」
「佐々木莉子です。あの、純さんとは……いつ……」
「純とは大学の同級生で、大学卒業して互いに23になる歳まで付き合ってた。私の人生設計では、そのまま24で純と結婚するはずだったの。25歳までには子供をひとりは産みたかったから」

 何歳までに結婚して何歳までにひとり目を出産したい……その人生設計のこだわりについては、莉子にはよくわからない。やっと就職先を決めたばかりの莉子にはその先の未来のビジョンが真っ白だった。
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