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爛れる月面
第2章 湿りの海
「見ろ」
「……やめて」
「見るんだ」
「おね、がい……だから、やめて……」

 嗚咽が漏れ、頬を涙が伝った。
 頭を掴み、身を絡め取る力が抜けていく。

 井上の鼻息が間近に聞こえ、

「……シャワーは後だ」

 横抱きにされ、部屋のほうへと運ばれた。首にしがみついた紅美子は、昨日とは異なり、背に冷たさを感じなかった。広いベッドの真ん中にヒップを下ろされる。首から離れても、膝立ちの井上の片手に背を支えられ、膝から抜かれたほうの手は頬に添い、腕の主へと向かされる。

「泣かれるとつまらなくなる、って言ったろ」
「くっ……」
「無駄なことを考えるな」

 井上の顔が近づいてくる。冷徹な眼色。じっと見つめられると、逸らすことができない。竦んでいるといったほうが正しいかもしれない。上唇と下唇が、どちらも塞がれた。「無駄なこと」と断じられた激発はなかった。思わず唇を弛めようとしたが、鼻先を髭に刺され、僅かな正気を取り戻した紅美子はとっさに顔を伏せる。

「なんだ。トイレでもしたろ」
「もう、いいからさ……とっととヤッて、終わらせてよ」
「嫌がってる女を抱くことはできるが、怖がってる女を抱くのは趣味じゃない」

 構うことなく、井上が肩口を吸ってくる。バスルームでは無残に歪められたバストが掬い上げられ、今度は、ゆるやかに円を描いてほぐされる。鎖骨を舌がなぞりつつ、人差し指がふくらみの突端に息吹いた蕾を突つく。

「もっと力を抜け」
「いちいち、うるさいよ」
「楽になれるようにアドバイスしてやってるんだ」
「だから、こんな、の、しなくていいからさ、もう……」
「僕のやりたいようにやってるだけだ」
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