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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない
「ちょっ……」

 奪い取ろうとしたが、腕を真上に延ばされては、体格差で届かなかった。

「徹くんはマメだがつまらない奴だな。イヤラしいメッセージが一つもない」
「読むなっ、返せっ!」
「君もきわどい写真の一つでも送ってやればいいのに。いま撮ってやろうか?」

 激発から、たちまち背すじが凍った。全裸で横たわり、肩を抱かれている。もう一方の腕は遠くに伸ばされていて、手には携帯。「自撮り」を連想しないわけにはいかなかった。

「や、やめ……」
「そういえば徹くんは君でしかマスターベーションをしない、って言ってたな」

 井上に問われ、細かく顎を引く。

 徹に嫉妬したときの井上が、様々な感情を牡欲に変えて襲い掛かってくることは、最初の一週間で知れていた。神楽坂に来るようになって以降も、それは変わらず、いや、時が経つごとに強まっていた。嫉妬させればさせるほど、井上は激しく抱いてくる。激しく抱かれると、原因たる徹に抱かれたときの快楽も大きくなる──だから、いつのことだったか、いかに愛されているか虚勢を張りたくて、彼の秘密を話してしまっていた。

「そろそろ、したくなってる頃じゃないか?」
「知らないよ……、そんなの」
「訊いてみればいい。君も一緒にしてやれば悦んでくれるぞ」

 天に掲げられた親指は、カメラを起動はしなかった。
 しかし、画面上方にある、受話器のアイコンは押した。

「やめてっ!!」

 能天気な呼び出しのメロディが聞こえてくる。出ないで──紅美子の願いは届かず、すぐに、もしもし、と恋人の声がスピーカーから漏れてきた。

 井上が、頭を乗せている腕に携帯を持ち換えて、紅美子の頬へと寄せる。

「……も、もしもし……」

 ここで切ったら、何事かと徹は取り乱してしまう。かち合おうとする前歯を懸命にこらえ、紅美子は携帯へと声を流さざるをえなかった。
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