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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない
「徹には当日まで見せないつもり。そのほうが感動するじゃん」
「あの可愛らしい子の演出?」

 井上がワイングラスを開けると、店員が次のワインを薦めてきたが、もういい、と答えた。

「私の演出。そのほうが徹は幸せ。喜ばせてあげたい」
 紅美子は両肘をついて、双葉にした手に顎を乗せて井上を見た。「嫉妬しちゃう?」
「するね」

 一言だけ答えた井上は、店員へテーブルチェックを指示しながら、

「今日は何時まで居れるんだ?」

 と問うてきた。紅美子はすぐに身を起こし、目を閉じで首を横に振る。

「……もう帰る。あんた、こないだ変なことさせたから」
「変? 何のことだ」

 前回──

 神楽坂のマンションの寝室で、時間をかけ、忘我するまで快美を極め尽くされた最後、正面から煮え滾る情欲の粘液を腹奥へと注がれた。井上が抜け出ていったあと、湿ったシーツの上に身を横たえて、これで、また徹に会ったときには、より潤おしい快楽に洗われて、彼もまた底なしに喜んでくれるだろうと、後ろ暗くも抗いがたい幻惑に浸っていた。時間を置かず、井上が傍らに戻ってくる。一度たりとも、セックスが終わった後に慈しんだことのない井上だったが、添い寝をし、まだ熱い息を吐いている紅美子の髪を、そして首すじから肩を撫でてきた。珍しさを訝しみつつも、軌跡に起こる甘楽に押し流されて、したいようにさせていた。

 二の腕にも指が這う。肘を越え、手首まで。激しかった交接の余波がいまだ肌じゅうに漂っており、井上の腕を枕にし、胸板へと体の向きを変えようとしたところで、左手の親指に堅い物が触れた。

「徹くんからだ」

 横臥した井上が手に持っていたのは、紅美子の携帯だった。ロックが外された画面で、メッセージをスワイプし、過去のものまで読んでいる。
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