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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない

「ウケる。あんた利用されたんだ?」
「そう。でも、僕も彼女を利用した。お互い様だ。君の言うとおり、ややこしい結婚だったんだ」
紅美子は、崩すことができなかった井上の向こうで、パートナーと談笑を続ける女を見た。自分を見て……この手の子、若すぎ。そして、まるで井上の何もかもを熟知しているかような立ち居振る舞い。どれもこれも、反芻すると腹の底で泥濘があぶくを立てそうになってきて、
「……今日さ、ドレス試着してきた」
「なんだ、急に」
「結婚の話題を膨らましてるだけだよ」
もう忘れよう──と、紅美子から話題を振った。
「ここに来てるってことは、徹くん、帰ってきてないだろ?」
「光本さんと行ったの。っていうか、光本さんが全部決めてくれてる。あの子、そういう仕事の方が向いてるんじゃないのかなぁ」
「普通は新郎と一緒に行くもんだ」
井上が呆れ笑いを漏らしたので、よく考えたら目の前の男は経験者だった、しかも三回も、と思い出し、
「あんたもそうだった?」
「一回目と三回目はな。結婚の準備で色々二人で回るのも楽しいもんだ。僕にとっては再婚でも、今の女房は初婚だったから、経験させてやらなきゃ可哀想だろ。何もしなかったし、したがらなかったのは……」井上は目を瞠いて、黒目だけを背後を指すように動かした。「彼女だけだ」
せっかく女を忘れようとしているのに、勝手に話題に割り込んでくるから、
「でも、徹連れてったら絶対終わんなかったよ。私のドレス姿見たら気絶した」
「そんな過激なドレス着るのか?」
「そうね。光本さんも倒れそうだったもん。私の美しさはカゲキだ」
試着室から出た紅美子に、本当に紗友美は茫然としていた。だが、やれ胸がキツいだの、やれコルセット無しで大丈夫かもだのと不平を漏らす紅美子へ、本番までにぶくぶくに太っちゃえばいいのに、と、紗友美が薦めてくれたドレスにもかかわらず不貞腐れていた。そんな彼女を思い出すと、やっと、泥濘の温度と水嵩が下がってくる。
「そう。でも、僕も彼女を利用した。お互い様だ。君の言うとおり、ややこしい結婚だったんだ」
紅美子は、崩すことができなかった井上の向こうで、パートナーと談笑を続ける女を見た。自分を見て……この手の子、若すぎ。そして、まるで井上の何もかもを熟知しているかような立ち居振る舞い。どれもこれも、反芻すると腹の底で泥濘があぶくを立てそうになってきて、
「……今日さ、ドレス試着してきた」
「なんだ、急に」
「結婚の話題を膨らましてるだけだよ」
もう忘れよう──と、紅美子から話題を振った。
「ここに来てるってことは、徹くん、帰ってきてないだろ?」
「光本さんと行ったの。っていうか、光本さんが全部決めてくれてる。あの子、そういう仕事の方が向いてるんじゃないのかなぁ」
「普通は新郎と一緒に行くもんだ」
井上が呆れ笑いを漏らしたので、よく考えたら目の前の男は経験者だった、しかも三回も、と思い出し、
「あんたもそうだった?」
「一回目と三回目はな。結婚の準備で色々二人で回るのも楽しいもんだ。僕にとっては再婚でも、今の女房は初婚だったから、経験させてやらなきゃ可哀想だろ。何もしなかったし、したがらなかったのは……」井上は目を瞠いて、黒目だけを背後を指すように動かした。「彼女だけだ」
せっかく女を忘れようとしているのに、勝手に話題に割り込んでくるから、
「でも、徹連れてったら絶対終わんなかったよ。私のドレス姿見たら気絶した」
「そんな過激なドレス着るのか?」
「そうね。光本さんも倒れそうだったもん。私の美しさはカゲキだ」
試着室から出た紅美子に、本当に紗友美は茫然としていた。だが、やれ胸がキツいだの、やれコルセット無しで大丈夫かもだのと不平を漏らす紅美子へ、本番までにぶくぶくに太っちゃえばいいのに、と、紗友美が薦めてくれたドレスにもかかわらず不貞腐れていた。そんな彼女を思い出すと、やっと、泥濘の温度と水嵩が下がってくる。

