この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
爛れる月面
第4章 月は自ら光らない

もう一度女が笑い、紅美子が更に深く眉間を刻むと、井上は軽く手のひらを見せた。ごちそうさま、と言ってルージュを拭ったワイングラスをテーブルに置き、女が自分の席へと戻っていく。
「……誰?」
「昔からの知り合いさ。気になるのか?」
「別に。どこの誰かくらい知っておこうと思って」
「まあ落ち着け」
井上は店員に手で合図をして、紅美子のグラスにノンアルコールワインを注がせる。
「別に落ち着いてるし」
「てことはヤキモチか」
「んなわけないでしょ」紅美子は頬杖を付いて、「あの女の態度が超ムカついただけ。何なの、アレ」
窓に映る井上の顔を見る。余裕ぶってワインを揺らしている。
「……あ、そっか。あの女は、海外での私だ」
考えがまとまったわけでもないのに、「たぶん世界中に居るんでしょ? 日本は私。あの女とは、どこで会ってんの?」
「とんでもない濡れ衣だ」
井上は可笑しそうに笑って、「僕は大富豪か? それに、もう別れてる。彼女は二人目の女房だ」
「……」
紅美子は暫く黙ってから、息をついた。ゆっくり吐き出すつもりが、肩が動いてしまったのが悔やまれた。
「私と鉢合わせたのが、今の奥さんじゃなくてよかったね」
まったくだ、と言う井上に、紅美子は前を向き直り、テーブルに肘をついて傾くと、こめかみの辺りの髪を指で弄りながら、
「なんで別れたの? どうせ浮気だろうけど」
と、目を見ずに訊いた。
「浮気が原因で別れるようなタイプじゃないな、彼女は」
「浮気が原因にならないなんて、わけわかんない」
「彼女は結婚がしたかっただけさ。自分のキャリアのためにね。家庭も仕事も、両立する強い女性をアピールする必要があったんだろ」
それを聞いて、意図的にふきだしてみせる。
「……誰?」
「昔からの知り合いさ。気になるのか?」
「別に。どこの誰かくらい知っておこうと思って」
「まあ落ち着け」
井上は店員に手で合図をして、紅美子のグラスにノンアルコールワインを注がせる。
「別に落ち着いてるし」
「てことはヤキモチか」
「んなわけないでしょ」紅美子は頬杖を付いて、「あの女の態度が超ムカついただけ。何なの、アレ」
窓に映る井上の顔を見る。余裕ぶってワインを揺らしている。
「……あ、そっか。あの女は、海外での私だ」
考えがまとまったわけでもないのに、「たぶん世界中に居るんでしょ? 日本は私。あの女とは、どこで会ってんの?」
「とんでもない濡れ衣だ」
井上は可笑しそうに笑って、「僕は大富豪か? それに、もう別れてる。彼女は二人目の女房だ」
「……」
紅美子は暫く黙ってから、息をついた。ゆっくり吐き出すつもりが、肩が動いてしまったのが悔やまれた。
「私と鉢合わせたのが、今の奥さんじゃなくてよかったね」
まったくだ、と言う井上に、紅美子は前を向き直り、テーブルに肘をついて傾くと、こめかみの辺りの髪を指で弄りながら、
「なんで別れたの? どうせ浮気だろうけど」
と、目を見ずに訊いた。
「浮気が原因で別れるようなタイプじゃないな、彼女は」
「浮気が原因にならないなんて、わけわかんない」
「彼女は結婚がしたかっただけさ。自分のキャリアのためにね。家庭も仕事も、両立する強い女性をアピールする必要があったんだろ」
それを聞いて、意図的にふきだしてみせる。

