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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
 そして、紅美子は黙った。何から話そうか決めていたことも、車の降りぎわに忘れてしまった。顔を伏せて半歩進み、近づいた肩に額を付ける。優しい手遣いが、腰に沿えられてくる。

「……どうしたの?」

 問われても、答えずに脇の下から背へ手を回した。近くの誰かから囃す口笛が聞こえる。

「クミちゃん、見られてるよ」

 紅美子は小さく首を振り、体が萎みそうな息を吐き出すと、

「会いたかったの、すごく」

 ようやくに囁いた。俺も、と、小さく聞こえる。三週間ぶりなのに懐かしい匂いがする。振り直した自分の香水とも混ざって、真実を隠していく。

「いますぐ、好きって言って」
「大好きだよ、クミちゃん」
「うん……」

 まだ感触の残る唇を向けると、顔が近づき、上書きをされた。多くの人が行き交う中であっても、婚約者と為すのであれば、誰に非難されるものでもない。

「……クミちゃん、なんだか、いつもと違うね」
「そ。……何が?」
「こんな所で抱きついたり、キスしたり……」
「たしかにそうかも」
 清純ぶったスカートをひらひらと揺らし、紅美子は少し背伸びをして、徹の耳元に唇を近づけた。「ね、……絶対、引かないでね?」

 昨日と同じ服の中で、体が芯から熱くなっていた。

「すぐにしたいの。早く二人きりになりたい」
「……うん」
 異様な体温に気づいているのか、いないのか、徹は腕に力を込めて、さっきよりもよく聞こえる声で言った。「俺も」


   *   *   *


 雷門を通り過ぎ、国際通りの近くまで行ったところにやっとラブホテルを見つけた。ドアを閉めてすぐ、バッグを放り、慌だしくジャケットを脱いで、徹を壁に押し付ける。相手は恋人で、婚約者で、塞がれたドアの中にあっては、何を秘める必要も、遠慮をする必要もない。スカートが捲れるまで脚を割り、彼のももに柔丘を擦り付けていく。
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