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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
「……間に合ったろ?」

 松屋を少し過ぎたところで、ハザードを焚いてアウディが路肩に寄った。

「ほんと、ギリギリ」

 井上に見つめられる。
 紅美子は、目を逸らすことなく、

「なんかよくわかんない話なんかしなくても、ご心配なく、今から徹とイチャイチャするの」
「ここまでくると、行かせたくなくなるな」
「だろうね。でも、行く。徹が来るから」

 手を、握られる。

「離して。あんたの香水が移ったら困る」
「お別れのキスしてくれたら離すよ」
「子供かっ」紅美子はフロントガラスを一瞥してみせ、「できるわけないじゃん。外、見てよ。人いっぱい。地元近いんだけど」
「……紅美子」
「……っ」

 眉根を寄せて舌打ちをすると、紅美子は助手席から身を乗り出し、一瞬だけ唇を触れさせた。離してから、ほんの刹那待ってみたが、井上は微動だにせず、身を引いてもう一度舌を鳴らし、

「行くね」

 それだけ言って外へ出た。突然車道に出てきた女に、バスがクラクションを鳴らす。井上の視界を通りたくなく、後ろを回って歩道に入り、松屋へ向けて歩いて行く。朗らかな顔で、飄々と車を降りるつもりでいたのに、何故あんな話をするのかが恨めしかった。決して振り返るまい、そう決めていたのに、入口をくぐる前に来た方向を横目で一瞥したが、白い車はどこにもいなかった。

 改札階へと上がると、ちょうど多くの人が流れ出てきていた。人混みの中でもたやすく見つけることができる、白いシャツにデニム姿の幼馴染が、こちらに向かって歩いてくる。彼も、ずいぶんと手前から気づいていて、改札を抜けると一直線に歩いてきた。

「待たせてごめん」

 開口一番で謝る恋人に笑って首を振り、

「私も今来たとこだよ」髪を手櫛で梳きながら、「……やっちゃった。昨日遅くて寝過ごした。慌てて来たから、ブサイクだったらごめん」
「ううん、すごくキレイだよ」
「……よろしい。『うん、ブサイクだね』って言ったら、ぶっとばすとこだった」
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