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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
「恋人の間には、好き合ってる、という以外、他の関係性はない。自分の意志で関係を結ぶことができるし、解消もできる。しかし血の繋がりは自分ではどうしようもない。君たちがどんな風に接してきたかは知らないが、徹くんが頑張って結ぼうとしている関係は、恋人よりも血縁に近いと思う。だから、結婚がしたいんだろうな。どうしても、君を『家族』にしたいらしい」
「……あんた、徹の何を知ってんの? だらだらとふざけたこと語んないで」
「君も同じだ。自分に居ない人間を、すべて徹くんで埋めてしまいたいだけだ。兄弟も、父親も、そしておそらくは、君が嫌っているのだろう、子供もね」
「徹に嫉妬すんのは勝手だけどさ、何? 徹と私が気持ち悪い、って言いたいの?」
 アウディが高速を降りていく。「朝までヤリまくったからって調子乗ってる? 徹と別れさせて、四人目の奥さんにするつもりなら絶対無理。徹が好きで好きでしょうがないもん。今でも」

 多少、芝居がかって言ってしまったが、苛立ちのあまり心にもないことを言ったのではなかった。心には確かにあった。何度問い直してみても、微塵にも薄らがず、変化もしていない。一つが増えれば一つは減る、という話ではなかった。徹は特別だ。だからこそ、何が起ころうが構わないから、浅草に向かっているのだ。

「結婚っていうのは、女性を交換することによって、集団間の連密性を築くためにするんだ。限られた集団、つまり血縁の中だけで女性を使うと、その一族は社会から孤立する……というか、滅んでしまう。だから、いつの時代でも、どの社会でも、近親相姦ってのはタブーになるんだ」
「難しすぎてよくわかんないけど、女の『交換』だとか、『使う』だとか。あんたらしいね」
「僕の説じゃない。ほかの学問や思想に影響を与えた有名な学説だ」
「知らないし、女をバカにした奴のタワゴトなんて、私にはぜんっぜん響かない」

 見慣れた風景になっていた。時計を見ると、十一時まであと十分を切っている。前方に六号線を跨ぐ東武線の鉄橋がある。もうすぐ、彼を乗せた電車があれを渡る。
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