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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
「……そんできっと、今日も眠れないよ。徹が寝かせてくれないもん」
 首だけ捻って井上を向き、「寝るね。浅草についたら起こして」
「神楽坂に連れてかれる、なんて思わないのか?」
「そうしたかったらそうすれば? きっと徹が死にものぐるいで探すよ。二十年も一緒にいるんだもん、超能力で見つける。そんで、あんたは徹に殺されるの。切り刻まれて」
「眠くなると残虐になるんだな、君は」
「それから、私も殺されるの」
「徹くんは、君にそんなことできないだろ?」

 確かに想像できなかった。だが、自分が想像できない以上に、徹も想像していないだろう。想像を絶する事態に遭遇した時、彼はどうなってしまうのだろう? そう思うと、まだ井上といながら、早く会いたくなってきた。裏切りを告白する自分を思い浮かべて、スカートの中で脚を擦り合わせる。徹に早く会いたい。早く会って、答えが欲しい。

「やれ、って言ってもできない……のかもね。でも、徹になら……殺されてもいいかな」
「二十年っていうのは重いね。三週間とはずいぶんちがう」
「当たり前じゃん……。……ママの次に長く一緒にいるんだから」 

 井上が黙った。
 一定間隔で車に響く高架道路の繋ぎ目のリズムが、眠気と破滅の愉楽に、一層の拍車をかけてくる。

「……インセスト・タブー、って知ってるか?」

 井上が唐突に口を開くと、

「あんた、私を寝かさないつもりなんだ?」

 苦笑が瞼を開かせた。どの辺りまで帰ってきているのか、景色だけではわからなかった。

「そんなワケわかんないコトバ言われたって、勉強できないからわかんないよ。学校の宿題は全部徹にやらせてきたんだから」
「インセストは近親相姦。インセスト・タブーは『近親相姦はダメだ』ってことさ」
「へえ、確かにダメだね。で、それが何なの」
「なぜ、ダメだかわかるか?」
「親とか兄弟とか、子供とかとヤッたらキモいじゃん」
「なぜ、キモい?」
「ね、何これ」
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