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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
「だが悪いけど、君が家に寄る時間は無くなってしまった」
「わかってるし。だからこうして化粧してたんじゃん」
 コンパクトに代えて、お気に入りのブランドの香水の小瓶を取り出して手首につけながら、「昨日と同じ服だからクサかったら最悪。パンツぐらい履き替えたかった」

 運転席から笑い声が聞こえてくる。小さな舌打ちをしてこれに応じ、やや迷った後、少量を手にとってスカートの中に手を入れ、内ももと膝、そして身を屈めてくるぶしにも振った。

「何笑ってんの。誰のせいだよ」
「下着?」
「パンツが汚いのはあんたのせい。遅れたこと」
「どっちも二人のせいだ」

 何度達したか数えていられないほど、夜もすがら交わった。井上が、これも何度め知れぬ放出を終えたあと、繋がったままの体に身を寄せて少しだけまどろむつもりだったのに、気がついたら空は完全に明るくなっていた。気を遣ったのか朝食の声もかからず、急ぎ帰り支度をしていたとき、井上が女将に何か耳打ちをしていた。おそらく、寝室の惨状を謝っていたのだろう。

「まさか二人して寝坊するとは思わなかったな」
「オッサンがバカみたいにヤリまくったからね」
「何年ぶりだろうな。あんなにしたのは」
「若かりし頃の活力が戻ってよかったですこと」
 紅美子は香水をバッグにしまうと、パンプスを脱いで脚を伸ばし、シートに深く身を横たえた。「……寝不足でも、事故るなら私をちゃんと届けてから事故ってね」
「大丈夫。昨日は飛行機の中でずっと寝てたからな」
「だからあんなに元気だったんだ。私は昨日から寝れてないから眠い……、高いとこほまったのに、もっひゃいない……」

 最後は欠伸で不明瞭に言い、紅美子は目を閉じた。事故現場を抜け、井上がアクセルを踏むと、加速が心地よく体をシートに押し付ける。
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