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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
 鼻から下を喰らうように、お互い口を開き、獰猛にむしゃぶり合う中、全てを吐き出したために空いていた情念の虚ろを圧倒的な肉量が占めてきた。片脚立ちの不安定な姿勢のまま、激しく湯を鳴らして出し挿れされる。岩肌へ頭から昏倒しようが、湯の中に溺れてしまおうが、後のことをまるで考えず、紅美子は凄悦の波涛に身を委ねた。達してもなお動き続ける肉幹を、襞壁が搾り上げているのがわかる。

「誰にも声を聞かせたくない、って言ってるだろ」

 もう一方の脚も担ぎ上げられ、岩風呂から連れ出される。客室へと戻る階段の一段々々で趾から雫を落とし、だらしなく下がった軟蓋を奥へと圧し戻された。体を拭うことなく、ましてや一度離れることもお互いに考えずに布団へと倒され、猛然と律動が見舞われてくる。

「ま、またっ……」
 潤んだ瞳を開くと、行燈が激しく動く影を三方へと映し出していた。「……いく……」

 宙へ音と意味を結びつけた瞬間、実際にそれは訪れた。痙攣する紅美子を、井上は肉茎を抜かずに裏返し、布団に突っ伏してしまいそうな体を次なる奈落へと急かしてきた。


   *   *   *


 東名川崎の手前で発生した玉突き事故は広く車線を塞ぎ、長い渋滞を作った。時間をかけてやっと抜けたと思ったら、今度は渋谷線でも。

「もほ、れったい、間にはわないね」

 紅美子はグロスを唇に塗りつけながら、コンパクトの小さな鏡から、前方のノロノロとした車列を一瞥して言った。

「間に合うさ」
「無理ひなくていひよ」
「間に合う」
 井上は前方で『事故』と表示された電光掲示板を掲げている警察車両を顎で指し、「あれを抜ければ飛ばせる。十一時前には浅草に着ける」

 紅美子は上下の唇を結んでなじませ、だといいね、と肩を竦めた。
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