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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
「おカバン、こちらに置かせていただきます」

 男衆がキャリーバックを入口横に置き、最敬礼をしてから去っていった。

「もう井上様には、ご説明は必要ございませんかと……。お連れ様、アメニティは客室露天の方に揃えてございます。足らぬものがございましたら、ご遠慮無くお申し付けくださいませ」

 女将は微笑のまま、紅美子の呼称を改めた。

 座卓の前まで進んでいた紅美子が、

「灰皿」

 とだけ言うと、

「この部屋、もちろん禁煙だよね?」

 井上が尋ね、女将は、承知いたしました、少々お待ちくださいませ、と答えて部屋を去っていった。

「……あんまり関係ない人を巻き込むなよ」

 井上がジャケットを脱ぎ始めると、紅美子は肩からバッグを外して座卓の上に置き、周囲を見回した。

「私の家より広いんだけど」
「そうだな。二人で泊まるには広すぎるかもしれない」
「いくらするの?」
「気にするな」
「気にするよ」紅美子は眉を歪めて、「割り勘じゃなきゃイヤ」
「無理しなくていい」

 それでも紅美子は引かず、肩にかかった髪を後ろに払い、

「金で買ってここに連れてきたんだ?」

 腕組みをして語気を荒げる。

「なんだ、そんなことで拗ねてたのか」
 ジャケットを吊ったハンガーを衣類掛けに置いた井上が、正面から近づいてきて、「別に君を金で買ってるつもりはない」
「拗ねてないし、来ないで」
「子供みたいな文句を言うから、君は大人だってことをわからせてやろうと思ってね」

 腕組みを崩して突き放す素振りを見せても、腰を取られて強引に引き寄せられる。井上の香りに包まれゆくが、紅美子は両の握り拳を肩に置いて密着までは妨げた。

「やめて」
「無理言うな。どれだけおあずけされたと思ってる」

 井上の手がカットソーの裾から中へと入り、腰を撫でてくる。肌の上を細かく這いまわってくる疼きが、手のひらが通った軌跡に残る。
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