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爛れる月面
第3章 広がる沙漠

入口をくぐると、端麗な着物を身に纏った女将と、法被を着た中年の男衆二人に深々と頭を下げて出迎えられた。
「急にすまないね」
先に上がって記帳をしつつ、物慣れた様子で女将と言葉を交わしている井上を、まだ上がらずに、腕を組んで斜向きに立って待っていると、
「いつものお部屋、ご用意しております」
女将が案内しようとして気づき、「あ、お靴はそのままで結構でございます」
紅美子は皆に聞こえる溜息をついて、パンプスを脱いだ。
男衆の一人が井上からキャリーケースを受け取り、大事そうに両手で抱え上げる。
「奥様のほう、お荷物は?」
女将が井上を見上げて尋ねると、紅美子は即座に舌打ちを鳴らし、
「奥様じゃないですけど?」
すると井上は可笑しそうに笑って、
「こっちには荷物はないよ。……そんなところに立ってたら営業妨害だ。行こう」
前半は女将へ、後半は首だけを紅美子に振り返らせて言った。また大きく溜息をついた紅美子が、ようやく井上に追いてくるらしいのを確認し、女将は笑顔を絶やさず斜め前を誘導する。最後に、荷物を抱えた男衆の一人だけが、最後尾に付き従った。
「……『ご愛人さまは?』なんて言うわけがないだろ?」
歩みを遅めて隣に並んだ井上が、髭を綻ばせ、小声で話しかけてくる。
「そだね。奥さんが毎回変わるから、女将さんも大変」
「そんな態度はやめとけ。イヤな客と旅行に来る羽目になった水商売の女みたいだ」
「キャバ嬢っぽくて悪かったね。ここで喚き散らしていい?」
「部屋に入ってからにしろ。他の客の迷惑だ」
女将が案内した部屋は、格子戸の入口からして他の部屋とは別格であることを物語っていた。離れを繋ぐ渡橋を越えて入ると、電灯を照り返す何枚もの畳が敷き詰められた客間、大きな座卓、向かい合わせの座椅子。その向こうには、窓に沿った板の間に籐椅子が並べられている。そして左側には寝室がもう一部屋、その奥にも板敷があって、行き止まりのふすまの上には、重厚な板札で「露天」とだけ記されていた。
「急にすまないね」
先に上がって記帳をしつつ、物慣れた様子で女将と言葉を交わしている井上を、まだ上がらずに、腕を組んで斜向きに立って待っていると、
「いつものお部屋、ご用意しております」
女将が案内しようとして気づき、「あ、お靴はそのままで結構でございます」
紅美子は皆に聞こえる溜息をついて、パンプスを脱いだ。
男衆の一人が井上からキャリーケースを受け取り、大事そうに両手で抱え上げる。
「奥様のほう、お荷物は?」
女将が井上を見上げて尋ねると、紅美子は即座に舌打ちを鳴らし、
「奥様じゃないですけど?」
すると井上は可笑しそうに笑って、
「こっちには荷物はないよ。……そんなところに立ってたら営業妨害だ。行こう」
前半は女将へ、後半は首だけを紅美子に振り返らせて言った。また大きく溜息をついた紅美子が、ようやく井上に追いてくるらしいのを確認し、女将は笑顔を絶やさず斜め前を誘導する。最後に、荷物を抱えた男衆の一人だけが、最後尾に付き従った。
「……『ご愛人さまは?』なんて言うわけがないだろ?」
歩みを遅めて隣に並んだ井上が、髭を綻ばせ、小声で話しかけてくる。
「そだね。奥さんが毎回変わるから、女将さんも大変」
「そんな態度はやめとけ。イヤな客と旅行に来る羽目になった水商売の女みたいだ」
「キャバ嬢っぽくて悪かったね。ここで喚き散らしていい?」
「部屋に入ってからにしろ。他の客の迷惑だ」
女将が案内した部屋は、格子戸の入口からして他の部屋とは別格であることを物語っていた。離れを繋ぐ渡橋を越えて入ると、電灯を照り返す何枚もの畳が敷き詰められた客間、大きな座卓、向かい合わせの座椅子。その向こうには、窓に沿った板の間に籐椅子が並べられている。そして左側には寝室がもう一部屋、その奥にも板敷があって、行き止まりのふすまの上には、重厚な板札で「露天」とだけ記されていた。

