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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
「なんで、車に乗ったんだ?」
「え……?」
「というか、何故、来たんだ。正直、来るのは良くて二〇パーセントくらいの確率で考えていた。もし、仕事でそんな期待値なら、僕は絶対に賭けることはしない」
「それは……」
「けれど君は来た。こうして車に乗っている。だから、引き返すつもりはない」
「来たんだからいいじゃん。東京でだって──」

 だって? 何を言おうとしたのか慄然となり、紅美子は言葉を切った。

「徹くんが明日君と会うっていうから、僕は仕事を前倒しにして帰ってきた」
「そんなの、頼んでない」
「明日、君が迎えに来なかったら、徹くんは何時間後に捜索願を出すかな」
「本当に、やめて。……徹だもん、冗談じゃすまない」
「僕は、君が欲しいって言ってるだろ」
「もういい。二週間前にさんざん……、聞いてる、から……、それ……」
「徹くんは、明日何時に、どこに来る?」

 だんだんと声音を落としていった紅美子が、ついに顔を背けて何も言わなくなると、

「どこだ」

 低く、かつ大きめに、そして不機嫌に濁って言われて肩が跳ねた。

「……十一時、浅草」
「充分だ」
 ハンドルを握る指も、爪でコツコツと叩いて音を立てていた。「九時には帰す。徹くん好みの服に着替えて、徹くん好みの化粧をしてやってからでも間に合うだろ、それなら」
「え……、……うん」

 車内が無言になる。心臓が早く打っていた。うん、と言ってしまったことが、鼓動を乱しているのではなかった。全くイメージしていなかった、井上から噴き出す密度の濃い怒気が車内に充満していて、息苦しく、圧し潰されそうな思いだった。

(……)

 面伏せたまま、携帯を取り出す。

『発表会終わった?』

 メッセージを送ると、すぐに既読になった。

『まだつづいてる』『時間のびてる』『しつぎ長い』

 漢字が少なく、短文が多いところみると、隠れて入力しているにちがいなかった。
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