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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
 自分の心を有耶無耶にし続けた悔悟を、不貞腐れることで隠した紅美子を乗せ、アウディは銀座近くの地面より低い場所を走り抜けて汐留のトンネルにまで至り、

「東京は車ですぐのところに温泉地がたくさんあって便利だな。高速道路は狭いし曲がりくねってるしで最悪だが」
「女が泊まるのって、色々必要な物あるの知らないの? 着替えもないのに」
「泊まる所にあるさ。無ければ揃えさせる。そもそも着替えは必要か? 僕と過ごした時間のほとんどは、君は服を着ていなかった」

 言い放ってから、これ見よがしに、横目で眺める仕草をされる。

「……前見て運転しろよ、気持ち悪い」
「スカートは珍しいね」
「別にいつも普通に履いてる。あんたが来るなんて思ってもみなかったから油断したの」

 ミディ丈のサテン地のフレアスカートは、シートに身を沈めることによって素足の形を浮き立たせてしまっていた。井上の目線が急激に意識されて、紅美子は足元のバッグを膝の上へと置き、ついでにニットジャケットの袷を狭めるように腕組みをする。

「……ここはいつも混むな」

 浜崎橋ジャンクションを右に抜けてしばらくすると、車たちの間隔が詰まってブレーキを踏んだ井上が呟いた。

「ね……、マジで、どこに向かってんの?」

 悪ふざけの視姦だったとはいえ、一瞬、井上と目が合ってしまった。逆へと逸らした紅美子からは、聳え立つ東京タワーが右側の助手席だけによく見えた。なかなか改めて見ることのない名所は、日常暮らしている場所から遠ざかりつつあることを、高くから嘲るように伝えていた。

「鬼怒川なんかどうだ?」
「きぬがわ? どこそこ」
「鬼怒川温泉を知らないのか? 栃木だろ」
「ちょっ……! ふざけんなっ、絶対やだっ!!」

 飛び起きた紅美子が叫ぶと、井上が声を出して笑った。
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