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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
「乗れよ」
「どこいくの?」
「乗ってから話す」
 井上がバックミラーを一度確認し、「早く乗ってくれ。すぐに後ろから車が来る。助手席はあっちだから乗れなくなるぞ」

 オリナスのほうを見ると、信号が青に変わり、待っていた車たちが一斉に走り出したところだった。しかたなく、小走りにフロント側を回って助手席へと乗り込む。革張りのシートに背を優しく受け止められ、車は何の衝撃もなく滑るように走り出した。

「……これ、誰の車?」
「もちろん、僕のだ」
「やっぱりそうだったんだ。じゃ、乗る前に十円玉で『レイプ野郎』って疵つけてやればよかった」
「やめてくれ。車は好きだし、こいつは結構気に入ってる。最近左ハンドルはなかなか手に入らないんだぞ。いくら君でも本気で殴るかもしれない」
「レイプされたあと、思い切り殴られたんだけど? 忘れてないからね、あれ」

 何故、乗るなりこんな会話をしているのか、しかし言葉が次から次へと溢れ出た。言いたいように言って、もう一度殴られて、車から転げ落とされてもいいと思った。

「あれは、違う」

 京葉道路との交差点の赤信号で止まり、井上が助手席へと向いてきた。

「何が違うっての。私、吹っ飛んでたじゃん」

 しかし紅美子のほうは、まっすぐ前を見たまま話していた。井上の目を、見たくはない。

 青に変わる。

「君が狂いそうになってたからね。目を覚まさせてやっただけだ」
「レイプされたら、気が狂うのが当たり前──」

 直進していた車は、対向が途切れたのを見計らい、突然の急加速で右折した。坂道を登っていく。前から迫ってくるのは、どう見ても首都高のゲートだ。

「……ちょっと。どこ行くの?」
「十円玉とか変なこと考える前に、まずは行き先を聞けよ」

 井上が笑いながら本線へと入り、一気に速度を上げていく。

「だからどこ行くのってっ」
「あいかわらず怒りっぽいところがたまらないね。ますます怒らせたくなる」
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