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爛れる月面
第3章 広がる沙漠

まだ帰宅ラッシュは始まっていないが、総武線はわりと混んでいて、乗り換えを目指して多くの人々が降りた。どう考えても待ち合わせ相手に確認してからのほうがいいのに、とりあえず紅美子はより人の多い南口を避けて北口へと出た。そうやって、方向感覚がいいほうではない上に、気分で居場所を変えてしまうので、昔から幼馴染を困らせてきた。
あまり訪れることのない北口も、結構な人が行き交っていた。バスロータリーを迂回するように、気ままに歩いていく。途中、ドアを開けて待っていたバスの行先表示には、「向島三丁目経由南千住駅行」とあった。それに乗り込めば、自宅の近くを通ってくれるはずだった。
バッグの中から、携帯に呼ばれた。
画面の左上を見ると、もう四時十分だった。
「着いた? どこにいる?」
「……錦糸町駅」
「そんなことはわかってるよ」
可笑しげに笑われ、「駅のどのあたり?」
「北口」
「じゃ、四ツ目通りの方まで来てくれ」
「何々通りとか言われてもわかんない」
「錦糸公園の方だ」
当てずっぽうだったのに、北口に出たのは正解だったらしい。電話を繋いだまま、紅美子のパンプスは、バスロータリーを離れてしまい、少し緑の見えている左手へと運び始めた。
「公園に何の用?」
「公園じゃない。前の道に車が停まってるだろ。アウディS8」
「車の種類もよく知らないんだけど」
「地下鉄の出口の前にいる白いやつだ」
四車線の大きな道路まで出て左を向くと、すこし離れたところに重厚感のある白いセダンがハザードを焚いて止まっていた。
「あったか? 僕はもう君を見つけた」
見つけられてしまった──特段逃げも隠れもしていなかったのに、紅美子は身勝手な後悔の念を抱えつつ、歩道との間には柵があったから、横断歩道を渡り切らずに車道の隅を歩いて目的の車へと近づいていった。助手席の側に立ったつもりなのに、ウィンドウが下がると井上が顔を出す。
あまり訪れることのない北口も、結構な人が行き交っていた。バスロータリーを迂回するように、気ままに歩いていく。途中、ドアを開けて待っていたバスの行先表示には、「向島三丁目経由南千住駅行」とあった。それに乗り込めば、自宅の近くを通ってくれるはずだった。
バッグの中から、携帯に呼ばれた。
画面の左上を見ると、もう四時十分だった。
「着いた? どこにいる?」
「……錦糸町駅」
「そんなことはわかってるよ」
可笑しげに笑われ、「駅のどのあたり?」
「北口」
「じゃ、四ツ目通りの方まで来てくれ」
「何々通りとか言われてもわかんない」
「錦糸公園の方だ」
当てずっぽうだったのに、北口に出たのは正解だったらしい。電話を繋いだまま、紅美子のパンプスは、バスロータリーを離れてしまい、少し緑の見えている左手へと運び始めた。
「公園に何の用?」
「公園じゃない。前の道に車が停まってるだろ。アウディS8」
「車の種類もよく知らないんだけど」
「地下鉄の出口の前にいる白いやつだ」
四車線の大きな道路まで出て左を向くと、すこし離れたところに重厚感のある白いセダンがハザードを焚いて止まっていた。
「あったか? 僕はもう君を見つけた」
見つけられてしまった──特段逃げも隠れもしていなかったのに、紅美子は身勝手な後悔の念を抱えつつ、歩道との間には柵があったから、横断歩道を渡り切らずに車道の隅を歩いて目的の車へと近づいていった。助手席の側に立ったつもりなのに、ウィンドウが下がると井上が顔を出す。

