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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
 しかし、井上に対する怒りや恨みが、紅美子の全身を満たしてきたかというと、そうではなかった。

【会社を辞めちゃえばよかったのにね。
 携帯を解約しちゃえばいいことなのにね。

 ……なんで、しなかったのかな?】

 まだ、長い髪をした女は、縦に揺れながら、意地の悪い顔つきで語りかけてくる。

 唯一の異なる声は──、だから君に会う、何としてでも──、耳奥に残り、何度も再生されている。

「……あのね、光本さん」

 紅美子は顔を上げ、モニタの向こうへと話しかけた。

「徹さんが急に今日来たがってる、なーんていう、ムカつく話なら聞きませーん」

 成果発表のことなんか知らない紗友美だったが、戻って来た同僚の異変は察知していたのだろう、画面から目を離さずに言った。

 しかし、紅美子が次の言葉に迷っていると、はー、とわざとらしく息をつき、

「……やれますよ。私一人でも。頼りないとは思いますけど」
「ううん、頼りないなんて思ってない」
「係長には適当に言っておいてあげます。長谷さんはツワリがひどいので帰りました、とか」
「適当すぎるからやめて」

 幸運なのか、不運なのか、紗友美のおかげで和やかに話すことができた。仕掛り中だった伝票を素早く入力し終え、

「たぶん、あとはそんなに難しいものはないと思う」

 上下裏表バラバラに入れられていたトレイの伝票を揃えて置き直す。

「わかりました。……もー、そのムラムラしてる顔がうっとおしいから、とっとと帰ってくださいよー」
「せめて、ニヤニヤにしてよ」
 辛うじて困り笑いを浮かべることはできたが、すぐに真顔に戻し、「……本当に、ごめん」


   *   *   *


 ホームに着いた時点で、四時を少し過ぎていた。会社から直接錦糸町へ向かうのは初めてだったので、そんなに変わらないだろうと践んで選んだ経路が、ずいぶんと遠回りだとわかったときには、完全に手遅れだった。素直に半蔵門線の乗り入れを目指さなかったのは、引き返すだけの時間を、自分へ与えようとしたのかもしれなかった。
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