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シャイニーストッキング
第21章 もつれるストッキング5   美冴
 32 欺瞞の欲望

「あ…」
 前を歩く彼が歩みを止めて小さく呟いた。

「え…」
 わたしも思わず、その呟きに反応して顔を上げる。

『ボイラー故障の緊急工事の為
 本日、臨時休業します』
 入口の自動ドアにその張り紙が貼ってあった。

「あ…」
「え…」
 思わず戸惑いの声を漏らしてしまう。

「あ、うーん」
 そう彼は呟き、この入口前で腕を組み、上を見上げて思案する…
 それに吊られてわたしも顔を上げた。

 あ…
 その夜空には…
 このホテルの奥に走る首都高速の高架の上に、蒼く、冷たく輝く、細く鋭い三日月が浮かんでいた…
 いや、わたしたちを見下ろしていた。

 あ…
 その鋭く抉れた細い三日月が、まるで、このわたしの独占欲という裏切りの欺瞞に満ちた心を、いや、心そのモノのカタチなんじゃないか…
 本来は丸く美しい筈なのに、地球の影に隠されてこんなに細く、鋭い三日月となっている。

 それは…
 欺瞞の欲望に侵食されたわたしの僅かな良心みたい…
 この三日月の蒼い光りを受け、一気に、心がザワザワと騒めき始めてしまう。

 まずい、このままでは、ここで下手に時間を費やしてしまったら…
 わたしの欺瞞に満ちた欲望が…
 自律神経の暴走が…
 中途半端に、冷めて、醒めてしまう。

 もう今さら醒めたくはない、いや、今となっては、彼に……
 抱かれ、愛されたい。

「うーん、さて…うん」
 すると彼はそう呟き…

「うん、よし、仕方ないか……」
 懐からタバコを取り出し…
 ジッポーライター特有の冷たい金属音を奏でて火を点ける。

「ふうぅぅ……よし」
 そして煙を吐き、またそう呟き…
 
「え…」
 すると突然、不惑に揺れるわたしの手を握り…

「よしっ、ウチに、家に行こう…」
 優しい目で囁いてきたのである。

「えっ」
 ウチに、家に…って、それは…

 再び漂ようタバコの匂いがわたしを包み込み、その揺らぐ匂いに途切れかけた昂ぶりがかろうじて繋がり、そしてこのコトバの裏の潜む意味の深さに…
 騒めきがドキドキと高鳴り始めてきた。

「うん、ウチに来るか、行こうか…」
 だって彼のコトバは…
 このわたしの独占欲という欺瞞の欲望を満たすコトバだから…

 ううん、罪悪感という後ろめたさを昂ぶりに変えてくれ、心を満たし、溢れさせてくれるコトバだから…



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