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Memory of Night 2
第50章 episode of 0

今度は秒で負けることはなかった。秋広は桃華が手を痛めないよう、徐々に右腕に力を込めた。
少しずつ少しずつ、美しい女性の腕を倒ーーせない。
(……あれ?)
白くて細い彼女の腕は、びくともしなかった。
「手加減しなくていい。本気でやれって言ってるだろ?」
「あ、い、いや……」
もうとっくに本気なのだ。歯を食い縛り、秋広は桃華の腕を手前に引き込もうと必死だった。
絡めた指の先が白くなり、ぷるぷると震える。
「マジで? よっわ」
「わあ……っ!」
倒される時は一瞬だった。
秋広は呆然となった。
まったく勝負にならなかった。確かに秋広はあまり腕力が強い方ではなかったが、五年建築現場で働いてきたし、女性にこんなに簡単に負けてしまうなんて。
この人は何者なんだろうか。
「約束ですよね。雇ってください」
「えっと、週どれくらい……」
「フルタイムで。週六でも七でも、何時間でも」
「あ、え……?」
フルタイムは基本週五日を指すし、一日の労働時間も基本は八時間のはずだが。
「また、連絡します……」
秋広の言葉に桃華は頭を下げ、ジャケットを右手に持って事務所を出ていった。
秋広は狐に摘ままれたような気持ちでしばらくドアを見つめていた。

