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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

「嫌な気分って、由奈さんと課長は同期で仲がいいんです。何度も由奈さんを介抱していますし、ふたりの家も歩いて数分のところだし。それは皆もわかっていて……」
「では逆に聞く。お前のことを嫁だと皆に囃し立てられていい気になっているあの男が、なぜお前に俺を送らせた? 由奈が酒に弱いから介抱が必要だったとしても、俺のことは警戒していないだろう。たとえば……」

 巽は身体を起こして、片足を立て、ネクタイを掴んだままのわたしの手を掴む。

「ウイスキーを一気飲みをしても酔えない男が、実は酔ったふり眠ったふりをして、あの男の〝嫁〟に手を出そうとしているかもしれないのに」

 その顔は、酔っているとは言いがたい、素面の顔だった。
 わたしは急いで手を引っ込めようとしたが、巽の手は離れなかった。

「だ、騙したんですか!?」

 巽は依然わたしの手を掴んだまま、反対の手でセットしていた黒髪を崩すように掻き上げた。
 そして上からセクシーな表情でわたしを見下ろす。

「騙したわけではない、予定調和だ。お前を持ち帰ろうとしていた結果は変わらない。いくら人数が増えようとも」
「え……」
「……と、言ったら?」

 ぞくりと、わたしの身体が反応してしまうくらいに、艶やかな眼差しで。
 
「冗談はやめ……」
「……なぁ、考えてみろよ。広瀬が由奈を連れ帰る時、お前を泊まらせようとしている時か?」
「え……?」

 巽がなにを言おうとしているのかわからないのに、嫌な予感を感じているかのように、やたらドキドキと心臓が脈打ち、吐きそうだ。

「違うだろう? お前が断る時は、いつも由奈を連れて帰るんだろう、あいつ。今日だって、俺という婚約者がいても俺に一切の遠慮がない」
「それは、あなたが酔っていたから……」
「さあね。酔っていないことくらい、わかっていたと思うぞ、奴は」
「え……」
「それに、飲み会がなくても、ふたりで会っているだろう?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。由奈さんはあなたという婚約者がいて、怜二さんにはわたしという恋人がいるんですよ!? 一体なにを……っ」

 巽は笑って言った。

「……相手がいるなんて関係ねぇよ。デキてるよ、あいつら。お前とあいつが付き合う前から。案外お前も、あいつの家で、由奈の落とし物でも見つけていたんじゃねぇの?」
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