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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

「そのままの杏咲でいいんだけれど」
「……でも」
「今日はきみを抱いて眠るだけにするから」

 しかし困ったような顔のまま、頑として首を縦に振らないわたしを見て、怜二さんは寂しげに微笑んだ。

「わかった。いい大人がみっともないな。……疲れているから無理強いは出来ないとわかっているのに」
「……っ」
「だったら今日は諦めるから、明日から日曜日まで、ずっと泊まってくれる?」

 ラブローションさえ持参出来ればいいのだ。
 切実な眼差しに絆され、僅かにはにかんだようにして頷き、返事をしようとしたわたしだったが――。

「は……いぃぃぃぃ!?」

 おしぼりが立て続けにわたしのところに投げられてきて、怜二さんがわたしを抱きしめるようにしてその身体で代わりにおしぼりを受ける。

「おいこら、杏咲になにをする!!」

「嫁ーっ、旦那ーっ、いちゃくなーっ!!」
「ブーッブーッブーッ!!」
「目に毒だからあっちにいけーっ!!」

 ……見られていたなんて、恥ずかしい。

「罰として、課長は二次会の幹事でカラオケ十曲!!」
「そうだっ、嫁に捧げる愛の曲を!!」
「に・じ・会っ、にっ・じっ・会っ」

 酔っ払いは手がつけられない。
 こうなれば怜二さんはノリでもなんでも、叫ぶんだ。

「わかったよ、歌ってやるよ、杏咲への愛の曲をっ!!」

 拍手と揶揄の嵐に、怜二さんがくそっと頭をくしゃりと掻き上げる。

「あの、いいですか?」

 突然の声に驚いて振り返れば、巽だった。
 てっきりあの囃し立てる輪のなかにいると思ったのに、すぐ後ろに立っていたなんて。

「ひっ、い、いたんですか!?」
「はい、すみません……」

 巽は顔色ひとつ買えずに、スタスタと自分の席について、ぐびりと芋焼酎の水割りを一気に飲んでいた。

 そこに由奈さんが四つん這いで現われて、酒に弱い彼女も飲んでしまったのか、片手を丸めて猫の物真似をすると、彼の膝に頬をつけて眠ってしまった。
 
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