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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

「な、なんで……っ」
「ちょうどお手洗いからの帰りなんです、お姫様。何杯も何杯も俺のところに、中ジョッキを置いただろう、きみは。俺をビールっ腹にさせるつもりか」
「ははは」

 怜二さんは、出されたものはちゃんと消費する。
 だからレストランでも、店員さんが水を注いでくれればそれを飲み干そうとして……を延々と繰り返し、ちょっとしたバトルをしている。

「はー、疲れた」

 怜二さんはわたしの横に片足をたてるようにして座ると、こてんと頭をわたしの肩につけて、目許をほんのりと赤らめた柔らかな眼差しを向け、わたしに言う。

「今夜……俺のとこに泊まらないか? ここからなら俺の家の方が近いし」

 そしてわたしの片手を取り、指を絡めさせる。

「今日までという企画、終えたんだろう? 俺に杏咲を感じさせて?」

 ビー玉のような茶色い瞳が揺れて、妖しげな光を灯し、彼は欲情してくれているのがよくわかった。
 それでもわたしは、きゅんと嬉しさに心を弾ませるより前に、ラブローションを持参していないことの方に神経を費やして、簡単にお誘いを断ってしまうのだ。

「あ、明日でもいいですか? 明日は金曜日でゆっくり出来るし、今日は寝不足でボロボロなのを見られるのが恥ずかしくて」

 ……彼女なのに、愛して貰っているのに。
 そんな嘘をついて偽りの蜜で抱かれるわたしは、心の中で怜二さんに必死に詫びる。
 
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