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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

 わたしが出した企画書に赤字で書かれていたことに対し、彼は消費者視点に則って企画開発をしたい、あるいはそれが出来る男なのだろうと悟った。
 それなのに彼は、アムネシア視点でしかものを見ることが出来ない。自社製品をよりよくするために必要な観点ではあるけれど、もっと視野を広めて大冒険をしたっていいと思うのだ。
 
 彼はルミナスの広報を否定した。
 ならば、気負わない場でのルミナス社員から出る案が、どれだけ慣習にこだわらない目新しいものがあるのかを、いつもアムネシアというブランドで守られている巽にわからせ、多くの中から別物のひとつにまとめるという香代子の企画方法を体感して貰いたいという、わたしのささやかな意趣返しでもあった。

 巽の最大の弱点は男だということ。
 女よりも敏感にならない分野の仕事をしているということだ。
 だから、初日にわたし達に蔑みを向けていた、強引で横暴な専務の目は、今や好奇心にキラキラと輝き、この場の中で一番の上司でありながら、先輩に教えを請う最年少と化している。

 嫌いなわたしに頭を下げた、あの企画に真摯な巽の姿を見たならば、ルミナス社員だって威圧されたしこりをとって、彼に色々と教えてあげたくなるだろう。
 ルミナス社員が正式なアムネシア社員になれた時、プラスαの新たな風を吹かせることが出来るということを、巽は思い知って貰いたい。経験者を馬鹿にするものではないと。

「よきよき」

 わたしはにこにことして、皆の輪から少し離れたところで、巽を中心として幾重にも膨れあがる輪を見ながら、ようやく息をついて、ビールをがぶ飲みした。

「ぷっはーっ!」

 周囲にひとがいないとやりたくなる、この爽快擬音語。

「オヤジ」

 その声に驚いて後ろを振り向けば、怜二さんが外から戻ってきたところだった。
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