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蜜会
第2章 湧き出す

「あれ、どうしたの。車に酔った?」
私が急にだまりこんだので、安宅さんが一瞬だけ運転しながら私を見た。
「いえ、時期的にそろそろ別な課に異動だなってのと、ちょっと憂鬱なことを思い出しちゃって」
農林水産課というくらいだから、私は農家さんと話すことがすごく多い。
農家さんが何かしらの書類を持ってくることもあるし、マチおこしで農業関連のイベントをするときは会場の準備や農家さんの売店の手配、農協青年部さんとの打ち合わせもする。
そこで紹介されて、先方の顔を立てて地元農家の男……四歳年上の吉永祐一と「なんとなく」会って食事だけするようになって、もうすぐ四か月になる。
会っていると言っても、まだそういう男女のつきあいには全く至っていないので私としても「彼氏」では全然なかった。
あまりしゃべらない男で、だから会話も弾まずそういう自然な流れにもならないうちに私が年度末になって忙しかったのと祐一の家業……イチゴ農園も五月末までがピークだということで月に一度か二度ほど外食デートをするだけの、未だ中途半端な関係。
私はもともと兵庫生まれなのだけど、都市部で育っていたせいで今の職場で働くようになるまで、農家っていうのはだいたい広大な土地で耕運機を使ってひたすら耕して収穫するのが普通だと思っていた。
けどそれは北海道みたいな広い自治体だけの話で、このあたりでは小規模でも商品価値の高い作物をハウスで作っている家が多い。
そんな農家のひとつである祐一の家はわりと資産家で、先祖代々が農業をしていたというわけではなく、お父さんの代から有機肥料を使ったイチゴ栽培を始め、それがヒットして県から補助金が下りたとかで業績が右肩上がりだった。
その祐一に、これからは将来を考えて真面目に交際してほしいと今年の三月……それこそ父親がインフルエンザに罹ったあとくらいにいきなり言われた。
将来を、ということについて考えてみたけど、農家の人と結婚するのは、つまり早々に今の仕事を辞めろと言われたことになる。
プロポーズというにはちょっとおおげさだし、そこまで深くつきあっている気がしていなかったので返事は保留のまま私は年度末の残業地獄に突入し、気がついたら年度も明けそのまま先送りにしていた。
私が急にだまりこんだので、安宅さんが一瞬だけ運転しながら私を見た。
「いえ、時期的にそろそろ別な課に異動だなってのと、ちょっと憂鬱なことを思い出しちゃって」
農林水産課というくらいだから、私は農家さんと話すことがすごく多い。
農家さんが何かしらの書類を持ってくることもあるし、マチおこしで農業関連のイベントをするときは会場の準備や農家さんの売店の手配、農協青年部さんとの打ち合わせもする。
そこで紹介されて、先方の顔を立てて地元農家の男……四歳年上の吉永祐一と「なんとなく」会って食事だけするようになって、もうすぐ四か月になる。
会っていると言っても、まだそういう男女のつきあいには全く至っていないので私としても「彼氏」では全然なかった。
あまりしゃべらない男で、だから会話も弾まずそういう自然な流れにもならないうちに私が年度末になって忙しかったのと祐一の家業……イチゴ農園も五月末までがピークだということで月に一度か二度ほど外食デートをするだけの、未だ中途半端な関係。
私はもともと兵庫生まれなのだけど、都市部で育っていたせいで今の職場で働くようになるまで、農家っていうのはだいたい広大な土地で耕運機を使ってひたすら耕して収穫するのが普通だと思っていた。
けどそれは北海道みたいな広い自治体だけの話で、このあたりでは小規模でも商品価値の高い作物をハウスで作っている家が多い。
そんな農家のひとつである祐一の家はわりと資産家で、先祖代々が農業をしていたというわけではなく、お父さんの代から有機肥料を使ったイチゴ栽培を始め、それがヒットして県から補助金が下りたとかで業績が右肩上がりだった。
その祐一に、これからは将来を考えて真面目に交際してほしいと今年の三月……それこそ父親がインフルエンザに罹ったあとくらいにいきなり言われた。
将来を、ということについて考えてみたけど、農家の人と結婚するのは、つまり早々に今の仕事を辞めろと言われたことになる。
プロポーズというにはちょっとおおげさだし、そこまで深くつきあっている気がしていなかったので返事は保留のまま私は年度末の残業地獄に突入し、気がついたら年度も明けそのまま先送りにしていた。

