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蜜会
第3章 溢れる
「もう一回、考え直してくれないか」


 キスの妄想をしていたら、祐一が暗い声で聞いてきた。

 目の前の男に全く注意をはらっておらず、何をと言おうとしたらちょうどウェイターさんがデザートの皿を持ってきたのでその会話は中断された。

 ウェイターさんが説明してくれたけど、今日のデザートは祐一が卸したイチゴを使った、ころんとした愛らしいフルーツタルトだった。

 生クリームやパウダーシュガーに彩られ、熟した赤い果実が本当に可愛い。

 もうシーズンも終わるけど、確かに祐一の農園のイチゴはおいしい。

 私は農林水産課にいるわりに何も詳しくないけど、魚の脂かすなどの有機肥料というものを使えばこんなになるらしい。

 付き合い始めのときに一パック持ってきてくれて、何気なく食べてみたらその甘さに驚いた。

 こんなおいしいものを作れる農家さんはすごいなぁ、農林水産課に来たからこういう人とも知り合えたし良かったなぁ……とあのときはまだ思っていた。

 でも今日の祐一は何か神経質になっているのか、ぶつぶつ言いながらタルトをフォークでつついている。


「どうしたの?」

「いや。このイチゴ、新鮮じゃないんだ。これじゃ、うちのイチゴの良さが全然、出てなくて……」


 私はそんなに味覚が鋭敏なわけでもないし、アルコールが入っていたせいもあって全く気づかなかった。

 普通においしいから食べなよ、って言っても聞いてないようで祐一は皿を見ながらまだぶつぶつ言い続ける。

 それを聞いていたら、何か私は苛立ってきた。

 話があってここに来たのなら、まず話の続きをすればいいじゃないの。

 ケーキに文句があるなら、帰ったあとでシェフに電話するなりすればいい。

 プライベートと仕事は分けたいとか言って携帯を二台持ちしてるくらいなら、今はプライベートじゃないの。

 つきあい始めからの小さな違和感は一滴ずつコップの中にたまっていたけど、先日の空気を読まない誕生日デートと今夜のこれでとうとう私はそれを溢れさせてしまった。
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