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埋み火
第2章 熾し火
「舞鶴、まだ行ったことないです」

「まあ、不便やから車じゃないとどこも行かれんだけやけどね。どうだい?」

「じゃあ、お言葉に甘えますね」

「そうか、じゃあ次の日のことをあんま考えない土曜がええかな。こっちは一応カキが名産やからね、カキ料理の旨い店があるんやけど、晩飯はそこにしようか」

「ああ、カキもすごく好きです」

「わかったよ。昼はさっぱりめに蕎麦か何かで、早めの夕食はその店にしような」


 博之も蕎麦が好きだったことを霧子は未練たらしく思い出した。

 初めて一緒に出かけた日の昼食に池袋の蕎麦屋へ行き、小さいテーブルの下でこっそり手をつないだ。

 もう片方の手で霧子の耳たぶを触れて「ピアス、あけてないんだな」と言われ、若い娘のように頬を染めたことも、食べ終えて乗ったエレベーターでした初めてのキスも、痛いほど懐かしく、そして暖かいのに悲しく遠かった。


(こんなふうに、軽く誘えて、軽く会える距離にいてくれたらよかったのに。ううん、もうやめよう、課長に舞鶴を案内してもらうんだから、楽しいことだけ考えよう)


 また涙がじわりと浮かびかけたところで、賢治が聞いてきた。


「天橋立は知っとるかな?」

「名前だけですね」

「なら、昼食ったらそこやな。何たって、日本三大名所やからね」


 元上司と話すだけでこれほど気分が浮き立つとは霧子は思っていなかった。博之のことで暗くなっていた気持ちがやっと晴れてきた。


「土曜、晴れるとええね!」

「あ……どうだろう」


 霧子は「雨女」だと言われることが多い。

 冗談めかして「霧子が外に出ると雨が降る」といつも友人たちに言われていたからだ。

 夫にも「お前のせいで今日も傘がいる」と真顔で言われた。


「私、雨女なんです」

「そんなん気のせいや。工藤さんにそんな力があったなら、今ごろダンナさんも生きてへんよ。ちゃうかい?」


 よくよく考えれば、博之とのデートでほとんど雨が降ったこともなかったのに、自分のせいで肝心なときにはいつも雨が降る、という考えに霧子は何年も囚われていた。

 そのため、賢治にそのように言われて、よどんだ気持ちがまた晴れていった。


「俺が晴れさせたる、工藤さんは何も心配いらんよ」
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