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埋み火
第1章 忍び火
 そうしてしばらく趣味の話や職場の愚痴を言いながら一緒に過ごしていたが、今年一月にあったフィリピン工場に行き現地の状況を見るための出張で、日本に帰国する日の朝のメッセージを見て心臓が止まりそうになった。


『今日帰国だよね? 私、今ちょっと東京に来てるの。よかったらどこかの駅で会わない?』


 既婚であることを黙っていたこともそうだが、自分のような冴えない中年男が女性と会う勇気も出ないと思いすぐ断った。

 しかし霧子からは「いいから、上野駅の改札に三時ね。待ってるから」とやや強引に呼びつけられ、観念して駅に行ってみるとくたびれた三十代後半の女ではなく年齢よりも遥かに若い顔だちの女が手を振っていた。

「ブスだからごめんね」とメッセージには書いてあったが、とんでもない。

 白い肌と形のよい唇、涼しげな瞳がとても魅力的で、控えめな化粧と肉づき具合も完璧に博之の好みの女だった。


『また来月もちょっと用事で東京には来るから』

『そうか、じゃあご飯食べに行こうか』


 浮足立ってLINEや電話番号などの交換をし、デートの日取りを決めてその日は別れたものの、帰りの電車の中で「現実で付き合うなら本当のことを言わなければならない」と気づき目の前が真っ暗になった。

 霧子に嫌われることよりも、傷つけてしまうことのほうが恐ろしくて申し訳なかったが、そこで隠し通そうとせずその日の夜にはもう家族が寝てから電話で白状してしまうところが小心者の博之らしかった。
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