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埋み火
第1章 忍び火
 父親は働いて当然と家族に思われていたし、休むことや弱いことへの罪悪感でいっぱいだった当時の博之はそんな優しい言葉を妻からかけられることは普段まずなく、ましてゲームの中ではぶっきらぼうなチャットしかしないような女からの優しいいたわりの言葉に心が動いた。

 妻子がいることはなんとなく言えなかったが、それから深夜のひとときを一緒に過ごすようになった。

 家族の寝静まったリビングでノートパソコンを開き、ゲームの中で霧子と話していると不思議なくらいに気持ちが安らいだ。

 実際いまどきのオンラインゲームでは既婚者がゲーム内だけの擬似的恋愛関係になることも多いらしいが、まさか京都の霧子と栃木の自分とが会うこともないだろうとそのときは甘く考えていた。

 よもや博之も毎晩くだらないチャットをしていた仲間の女が、DV夫から逃げるような境遇とは知らず、逃走中しばらくインしなかった霧子を久しぶりに見かけたとき心から安堵して「会いたかった」と本音を漏らし、ゲームの中だけとはいえ付き合うようになった。

 暴力男と別れて大変だったらしいが、あれくらい優しい女ならきっとすぐに恋人もできて、自分のことなど忘れるだろう、自分はそれでいいといくぶん感傷的になっていた。
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