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恋いろ神代記~縁離の天孫と神結の巫女~
第20章 待ち人
 嫌、嫌と艶かしく身をくねらせる少女に、日嗣の背後から汚ならしい笑い声が響く。振り向けば、そこに聳えているはずの朱の楼閣から、何か黒い、生き物が溶けて混ざったようなものが溢れ、歓喜するようにその食指を伸ばし、激しく蠢いていた。
 もはや朱ですらない、建物とすら混ざり合ってできた汚泥の中に浮かぶ目や口は、人のものではない。ましてや、神々のものであるはずもなかった。抉れたり裂かれたり、今しがた、捕らえた獲物を生で食んできたような、穢らわしい色。
 或いはこれは、あのとき自分が祓ったものだったのだろうか。ただ一人の少女に依せられていた、欲望の姿。神を裏返した。
 そしてその喧騒に紛れて、空耳にも思えるようなか細い声が聞こえてくる。
 悲しい。恥ずかしい。苦しい。切ない。寒い。冷たい。寂しい。消えたい。
 ──ごめんなさい、と。
 (神依……!)
それに堪らず、日嗣は駆け出そうとする。
 ここにあるのが、誰の見ていた風景なのかも分からない。ただ想う少女が辱しめられているのに耐えきれず、何とかすくい取ってやりたいと思った。
 それが本物の少女でなくとも、あの時の少女の残滓であるなら尚更──今度こそ胸に抱いて、護ってやりたかった。
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