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恋いろ神代記~縁離の天孫と神結の巫女~
第19章 還るべき場所
 素戔鳴に連れ込まれた時の少女の惨状は、彼女達の脳裏に今も焼き付いている。特に鼠軼はそれまでの成り行きもよく見知っていたし、全てを失ってでも神依が護ろうとしたものが何だったのか、理解もしているつもりだった。身一つで購うには、余りに多く、重すぎるもの。
 正論を説くのは易い。しかし櫛名田は何も言わず、神依が体を起こしている間は一緒にお喋りや遊戯に興じたり、草紙や絵巻物を読み説いたり、或いは縫い物などの手仕事を、手伝いと称してゆっくりと教えていった。母が子にするように、優しい褒め言葉を少しでも多く紡げるように、うんと簡単なものから。そういう何かが、新しい楽しみや、自信になればとも思っていた。
 肌も髪も、その姿から自分を慈しめなくなっていた神依の裂けた心をもう一度、自然に治癒させるには、本人が拒んでも、その拒んだ分の何倍もの時間と愛情とが必要だった。
 黄泉国には朝が無く、空も空気も一日を通して夜の色をしていたが、櫛名田は神依が起きている時には必ず部屋を訪れていた。それがどういうことだったのか、神依は最初、まったく気付いていなかった。
 そして櫛名田が神依を慈しんでくれたように、彼女を外から慈しめる者はこの御殿にはあの男神一人しかいなかった。
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