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恋いろ神代記~縁離の天孫と神結の巫女~
第17章 父が歩んだ道
 月読は水鏡を撫でて自らの顔を波紋で掻き消すと、そのまま濡れた指先で懐から一本の櫛を取り出した。
 小菊の彫られたつげ櫛。離れ小島の巫女から奪ってきたものだった。
 それを女の髪を愛でるように、水面に滑らす。
 今もあの髪の感触を覚えている。香りを覚えている。そして柔らかな肌と責めぬ心と……自分と同じように、永劫の刻を凍てついた心で生きなければならなかったはずの男を溶かした温もり。
 「……」
名残惜しさと共に少し指の力を緩めれば、櫛はとぷんと沈み水の中へと消えていった。あるはずの石と銀の器さえ、今は川や湖の深部のように黒く見える。櫛はそのずっとずっと奥まで沈み、消えていった。
 「……母よ。貴女が真にあの娘に依りたもうているのなら……その加護を。そして……」
 そして。
 「……」
自分が何を想ったのか、月読はふとそれが分からぬことに気付いて沈黙する。
 ……今更、母の愛を望む齢でも質(たち)でもない。満たされぬ心が求めるものが何なのか、それは瞬きあの娘から与えてもらったというのに。
 ……ならせめて、小さな姉にその母性を。
 月読は瞼に祈りの形を作り数秒、再びその銀(しろがね)の髪と蒼白の衣を翻し、その石室の祭壇を後にした。
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