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琥珀色に染まるとき
第12章 幸福な憂心のまま

「クレイ、ゲラキ……」
記憶を頼りに、涼子は呟いた。
そう、あれはクレイゲラキだ。彼女が恋人から影響を受けたというウイスキーの名前。読み方がいくつかあり、恋人がそう呼んでいるのだと彼女は言っていた。
――バーテンダーは、あの人の天職なの。
――とにかくスコッチが好きでね。私も影響されちゃった。
――いつか自分のお店を持ちたいんだって。名前ももう考えてあるのよ。私も一緒に考えたの。涼子ちゃんにだけ教えてあげるわね。
――クレイ、よ。バー・クレイ。覚えておいてね。
走馬灯のように駆けめぐる記憶の断片が、繋がっていく。
――Dead and turned to clay
――死んで、土に還る
七夕の夜に、西嶋の店で聞いた言葉がよみがえる。
「ターン・トゥ・クレイ……」
涼子の頭には、ある確信めいた仮説が浮かんだ。
彼は、死んだ彼女の魂――いや、“肉体”が還ってくるように、切に願っている。十一年経った今でも。
上体を起こして左胸に手を置き、放心する。次の瞬間、激しい頭痛に襲われた。
「うっ……」
まるで誰かに責められているような、不快な錯覚に陥る。割れるような痛みの中、その声は唐突によみがえった。
――お前のせいだからな。
張り裂けそうな心が叫ぶ。
――いやよ、思い出したくない……!
今、それを思い出してしまったら、核心に触れてしまったら、もう二度と過去を克服できなくなるかもしれない。恐怖に震える心とは裏腹に、脳は勝手に記憶をたどり、やがてある日のある場所に行きついた――。
あれは、十一年前の六月、放置された廃工場で起こった出来事。この目で見た光景が、まざまざと脳裏に浮かぶ。

