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琥珀色に染まるとき
第12章 幸福な憂心のまま

「……こ、涼子」

 優しく呼び起こされ、ゆっくりと浮上する意識。薄く開いたまぶたの間には心配そうな表情がある。

「大丈夫か?」
「あ……」

 覆いかぶさっていた彼は、いつの間にか隣で片肘をついて横たわり、身体を撫でてくれていた。

「悪い、夢中になりすぎた。つらかっただろ」

 困ったように微笑む彼に、涼子は無言で首を横に振り、その胸元にすり寄った。彼の香りと温かい腕に囲まれて、顔を上げれば、まぶたにそっと唇が触れた。

「じゃあこれは?」

 こめかみを通った涙の跡をなぞる、柔らかな感触。

「……自然に出てきちゃっただけ」
「ああ。そういえば初めてキスしたときも泣いてたよな」
「あれは西嶋さんが泣かせたんでしょ」
「ええ? そうだったか?」

 苦笑を浮かべるその唇に不意打ちのキスをすると、彼は一瞬目を丸くしてから、ふっと笑った。


──これじゃあ俺が泣かせたみたいだ。


 彼の店で唇を奪われた、あの日の言葉と美しい微笑みがよみがえる。なにも知らないあのときに戻れたら。そうしてなにも気づかずにいられたら――。

「……っ」

 小さな幸福の瞬間を実感するたびに大きくなる、残酷な願い。いっそつらい過去など知らないふりをして、すべてを忘れて、二人だけの幸せに浸ってしまえたらと、臆病で貪欲な女が顔を覗かせる。

「涼子? どうした」
「私、幸せだなって思うの。……こんな気持ち、初めて」
「そうか。嬉しいよ」
「だけど、ちょっと怖いのね……幸せって」
「…………」

 彼は答えないかわりに優しい視線をよこし、目尻に残る涙を親指で拭ってくれた。どんなに愛し合ってもおそらく消えることのない、憂心をなだめるように。

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