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わたしの肢体
第2章 秋芳 善(15)
 きゅ、きゅ、きゅ。
  



 廊下の向こうから足音が響いてくる。
 それは百の上靴のゴム底が、リノリウム材の床の上を引きずられてくる音だった。



「にいちゃぁん!」




 窓の外に見える桜の木は花びらをほとんど落としてしまったあとだった。
 教室の後ろドアを引く軋んだ音と共に、百の声が教室に響く。
 嫌な予感を胸に善は2学年下の弟のために振り向き、自分たちの父親に瓜二つな顔と、右脇の下で彼の体重を支えている頑丈そうなスチール製の松葉杖を確認した。


「もも、」


 なにかあったか?
 不安を抱きながら善が席を立つ前すでに、百は善の予想とは相反して顔いっぱいにはちきれそうな・・・いや、事実、肥満児と呼ぶに相応しく、身体と同じように脂肪を蓄えすぎたはちきれんばかりにまんまるい顔を屈託ない笑顔で歪め、ひょこひょこと松葉杖で飛び跳ねるようにして善のもとへ近寄ってきた。


「にいちゃぁん!スマホ貸して!」


 その声は今までに善が聞いたどんな声よりも、明るかった。
 百が善の前に立ったとき、善は目線を頭ひとつ下に上げた。
 百の二重あごには、黒子がひとつ。
 ネコのような笑顔は日に焼けていて、唇の隙間から見える前歯は折れたままになっている。
 

「充電切れちゃった!」


 催促する差し出された左手の、赤ちゃんみたいにむちむちした指先。
 可愛い弟の、坊主頭。

 黒板の前にたむろしていたマスク姿の金髪連中が百を見ている。
 いや、睨みつけている。

 善は彼らを一瞥してから、黙って百にズボンの後ろポケットに突っ込んでいたスマホを差し出した。


「ありがとう!」


 教室にふたたび百のカン高い声が響く。
 金髪連中のコソコソした笑い声も静かに響く。


 見ろよ、あれ秋芳のおとーとだろ?
 すっげぇでぶ。
 つうかあの脚、なに?
 きもくね?


 無邪気な悪意が善の鼓膜を揺らす。
 
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