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Only you……
第7章 麻都 4

俺は頭に血が昇った。鼓動が速くなる。冷や汗が額を流れ、掌には爪の跡がついた。
俺は本心を見抜かれて動転したのだ。
「お、俺では力不足だということなのか?! 俺は周りが見えていないと?!」
「そうだ」
俺はその部屋を飛び出した。――否、逃げ出した。
「あ、麻都!!」
明の悲鳴にも似た声が俺の耳をかすめる。
「明くん……うちのバカ息子を頼むよ」
「え?」
そんな会話の存在を、俺は知るよしもなかった。
1階自販機の前。
俺はそこまで階段で一気に駆け下りると、肩を震わせて呼吸した。また明を置いてきてしまった。こんな俺が仮にも愛してるなんて言葉を使うこと自体が、滑稽でしょうがない。
ブーンと機械音がして、自販機が振動した。
「麻都……」
ようやく追いついてきたのか、額に汗を浮かべた明が横に立っていた。その不安そうな表情に無償に腹が立つ。
――俺の隣がそんなに不安か!
俺は明の手首を掴むと、痛がるのを無視してずんずん歩き出した。自動ドアが完全に開かれる前にそこをすり抜け、明を引きずるようにして愛車の前に着いた。ボタン1つで鍵を開けると、助手席に明を押し込み車を発進させる。明の怯えた目が瞬きの度に浮かんでは消えた。
マンションに辿り着くまで一言も会話せず、それは辿り着いても変わらなかった。エントランスのパネルに暗証番号を入力し、自動ドアを開ける。専用のエレベータで向かい、鍵穴に鍵を差込回せば、ガチャリと開錠された。
俺は居間のソファに上着と鞄を投げ捨てると、会社へ行く気も失せ、仕事部屋に駆け込んだ。明が何か言う前に鍵を閉め、机に突っ伏した。無断欠勤なんて、りんに殴られかねない。
爪を立ってて頭を掻き毟る。右手の中指の爪先が割れ、血が滲んだ。1つ行動を起こせば、1つ溜息がでる。溜息つくと幸せが逃げるなんて言ったのは、どこの誰だっけ。それが本当だとすれば、俺は一生分の幸せを逃しているのかもしれない。
カタン――。
部屋のドアが小さく振動した。鍵がかけられているので、開けられる心配はない。
耳を澄ましてみても、それ以上の物音は聞こえなかった。俺は机に向き直る。

