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Only you……
第7章 麻都 4

明を助手席に乗せるのは随分と久しぶりだった。前にレストランへ出かけたとき以来だろうか。それならば、本当に前の話だ。
しかし、今日はあの時のようなウキウキした気分などとは程遠い、暗いもので満たされた気分だった。その様子は、きっと明にも伝わっているだろう。何をしに行くのか、そこまでは分かっていないだろうが……。
数日前に訪れた病院。病室へはエレベータを使って向かう。1人部屋で、最も料金の高いそこは8階にあった。明は始終きょろきょろと周りを窺っている。
コンコン――。
部屋の前につけられた名前を確認し、白い扉をノックすると「はい」と真面目な――透真の声が聞こえた。
「……どうも」
顔が上げられなかった。これから俺がしようとしていることは、おっさんを騙すことなのだから。
「ごめんね、貴正なら今眠ってるよ」
傍らで仕事をしている透真は、いつもと変わらぬ様子でそう告げた。耳を澄ませば規則正しい寝息が聞こえてくる。
「貴正……さん」
明はそっとベットへと近寄った。しかし途中で足を止めた。
おっさんの白いやせ細った腕からは、太い管がつながれていた。もう点滴なしでは命を繋ぐことはできないのだろう。透明の液体が静かに流れている。
俺は黙ってパイプ椅子を2つ取り、1つを明へと渡した。明は不安を湛えた目で俺を見てきたが、気付かないふりをして席についた。
「何か食べるかい? 果物なら売るほどあるし……?」
透真は印刷物をトントンと整え、こちらに向いた。自分の恋人が死へ向かっているというのに、その表情は落ち着いたものだった。
「あ、それなら僕が切りますよ」
慌てた様子で立ち上がり、明は透真の後を追った。果物ナイフを受け取り、くるくると林檎の皮を剥いてゆく姿に、俺は見とれていた。しばらくたてば、小さな皿に盛られた白い林檎が1人1人に配られた。それは眠ったままのおっさんにも。
「消化器系の病気ではないから、食べられますよね? 林檎……」
不安げに透真に尋ねれば、明に小さな頷きが返ってきた。
サクっと音を立てて割れる林檎は、冷たくて甘かった。

