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あの日 カサブランカで
第2章 ーあの日 カサブランカでー

明らかに異国の旅行者であるその姿は、間違いなく昨日空港で見かけた女だった。
確信した圭一は今度こそ迷うことなく彼女のもとへ足を速めると、近づくにつれてその表情からはうろたえている様子がうかがえたが、電話を終えた彼女が周囲を見渡した不安げな眼は彼の眼と合うと、驚くほど大きく見開かれた。
「日本の方ですか?」
その瞬間、圭一は小さな笑顔で声をかけた。
「はい!」
彼女は、思いもよらない場所で日本人に会えたことの驚きと安心感からか、圭一には意外とも思える大きな声で返事を返した。
「どうかされたんですか?」
「ホテルの予約ができていないって…」
迎えの車がいないのでホテルに確かめると、予約がされていないと言われたのだと応える彼女は泣きそうな顔になっていた。
「空きもないんですか?」
「満室だって言われました…」
どうしよう、と言った彼女の大きな眼からは今にも涙がこぼれそうだった。
「慌てないで… ちょっと待っててください」
圭一は携帯電話を取り出すと、自分の予約先へ電話をかけていた。
―今日予約しているMURAKINOと言いますが、もうひと部屋空いていますか?―
電話の応答にうなずく彼の表情を彼女は、食い入るように見つめていた。
―ありがとうございます。 今フェズの駅前にいます―
意図して明るい笑顔で電話を切った圭一から、彼の予約先に部屋が見つかったことを伝えられた彼女は、大粒の涙を流しながら彼に何度も深々と頭を下げた。
「大丈夫だから、泣かないで」
「ありがとうございます。 どうしようかと思って…」
そう言うと、笑顔を作って見せながら彼女はまた涙をこぼした。
「ぼくは、村木野と言います。 日本の建設会社の社員です」
「わたし、宮原麻美と言います。 建築学科の学生なんです」
むろんその大学の名を圭一はよく知っていたし、同じ建築の世界にいる奇遇に不思議な縁を覚えた。
そしてお互いに名乗り合ってから、実は空港で姿を見かけたことを教えられた麻美が改めて見せたあどけなさの残る驚き顔に圭一は、守りたくなるような愛らしさをその時ふと感じたのだ。
「豪華なホテルじゃないですよ」
「大丈夫です、寝られれば」
そう言って麻美は初めて笑った。

