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あの日 カサブランカで
第4章 ー再会ー
目黒にある東京都庭園美術館は、旧朝香宮邸を改装したアール・デコ様式の重要文化財になっている建物で、周囲を広大な庭園に囲まれた佇まいから、建築に関わらない人からも高い人気がある。
村木野から目黒駅での待ち合わせを指定された麻美は、すぐにその行先がわかった。
冬晴れの穏やかな土曜日の朝の目黒駅は、平日ほどではないものの人出が多かった。
「すみません、遅くなりました」
まだ10時には早かったが、1か所しかない改札を出たところで村木野の姿をすぐに見つけた麻美が駆け寄って頭を下げた。
「いえいえ、ぼくも今着いたところです」
村木野はそう言ったが、早くから待っていてくれたことはその様子でわかった。
「庭園美術館、久しぶりなんです」
「そうですか、それはよかった」
コートを手に持ち、ラフにジャケットを羽織った彼の顔がほころんだ。
「暖かくて良かったですね」
「ええ、お天気、気にして見ていました」
「てるてる坊主、提げておいたから大丈夫だと思ってました」
「ほんとに?」
「だって、雨降りだったら庭園歩けないから」
村木野の笑う顔を見て、もしかすると彼はほんとうにてるてる坊主を提げていたのではないかと思った麻美はつられて笑った。
優雅な作風の漂うガレの作品展示は賑わっていたが、村木野の関心の的は建物の内部のデザインのほうが大きかったようで、触れてはいけないところに何度も手を伸ばしそうになるのを麻美は止めたのだった。
「すごいね、何度見ても…」
それは彼女も同感だった。
アール・デコの建築の実際を見ることができる場所はそう多くはないのだ。
ガレのガラス作品を見に来たはずだったが、ろくに展示を見ることもせずに邸宅を改装した小さな美術館を巡り終えたふたりは庭園へ歩を進めた。
美術館に改装された邸宅の前には手入れの行き届いた芝生が広がり、外周のところどころにはベンチも置かれている。
「庭園を散歩しましょうか」
その芝生を横切って美術館を振り返りながら、村木野が麻美に声をかけた。
「はい、歩いてみたいです」
麻美はまだ庭園を歩いたことがなかった。
陽だまりのある芝生の広場は暖かだったが、樹々が立ち並びまだ多くの葉が残る都心の杜は陽射しが遮られると寒さが感じられた。

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