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あの日 カサブランカで
第4章 ー再会ー
横須賀の海を望むことができる傾斜地のマンションを麻美は気に入っている。
ほとんどが世帯用の間取りになっている中で、いくつかある1LDKという狭い住戸を幸運にも中古で買うことができたのだった。
急な上り坂だけが夏は辛かったが、帰ってからベランダの掃き出し窓を開けると涼しい海風が入り、沖を行く船の灯火を眺めているだけで心が休まる。
意図せず足早に帰宅したせいで麻美の身体はあたたまっていた。
慌てる必要はなかったのだが、靴を脱いでからバスルームへ向かうまでの動作が無意識のうちにいつもより早かった。
やるべきことを終えて落ち着いた気持ちで村木野からの、あとでくれると言った連絡を待ちたかったのだ。
(いやだわ…)
湯上がりのシャワーを浴びながら鏡に映った顔が笑っていることに気づいた彼女は、年甲斐もなく浮かれている自分に苦笑いした。
(やっぱり、おばさんだわね…)
教壇で見苦しくないように普段から体形の維持には気をつけていたし、子供を産んだ経験もなかったのだが、それでも若い頃と比べるとその張りは失われたのが自分ではよくわかる。
(何を考えているんだろう…)
20年ぶりに再会したばかりの村木野に対して、変な期待をしている自分を冷ますように麻美はもう一度頭からシャワーを浴びて浴室を出た。
>土曜日に、エミール・ガレの展覧会を見に行きませんか?
髪を乾かしながら紅茶を淹れていたところに届いた村木野からのLINEにはそう書かれていた。
エミール・ガレは麻美も大好きなアール・ヌーヴォーの工芸家である。
学生時代のカレと行った展覧会で惹き込まれたが、そのあとの別れた記憶が苦い思い出として彼女の頭には残っていた。
>>はい、ぜひ行きたいです
麻美は、生乾きの髪のまますぐに返事を返した。
>よかった
では、10時にJR目黒駅の改札で
>>わかりました
ありがとうございます
>何かあったら連絡ください
おやすみなさい
>>ありがとうございます
おやすみなさい
まるで業務連絡のような短いやりとりに麻美は少し拍子抜けしたような気がしたが、それでも土曜日にはまた彼に会えると思いなおすと、再び鏡の前に立った。
ドライヤー音しかしない部屋で、静かに動くエアコンの風がドレープカーテンをかすかに揺らせていた。

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