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あの日 カサブランカで
第4章 ー再会ー

「寒くない?」
「少し…」
高い木が生い茂る日本庭園を、陽の当たる場所を選んで歩きながら訊かれた麻美が応えると、池を渡る小さな太鼓橋の手前で村木野がさりげなく彼女の手を握った。
「滑らないでね」
神楽坂の毘沙門天で転びそうになったのを彼が支えてくれたのは数日前のことだったが、その時よりも彼の手はもっとあたたかく感じる。
(このまま離さないで)
麻美は、その手を強く握り返しながら、彼に引かれて橋を渡った。
まだ紅葉が残っていたが、芝生の広場までは多かった人影も日本庭園の奥ではいくらか減っていた。
寄り添って手をつないだまま日本庭園を離れたふたりは、西洋庭園へ向かう。
誰に出会うかわからない都心の名所だったが、そんなことは構わなかった。
それよりも、こんな歳になった今、遠く想いを寄せていた彼と連れ立って庭園の散策路を手をつないで歩いていることの幸せを麻美は噛みしめていたかった。
枯れた芝生の緑が広がりパラソルも置かれた西洋庭園の外周にはすっかり葉を落とした桜の高木が並んでいて春は花見で賑わう。
日陰の多い日本庭園とは違って明るい陽差しがうれしかったが、開けているから風が冷たかった。
「少し寒いかな?」
大きな椎の木の陰に入ったとき、もう一度そう訊ねた村木野にうなずこうとした麻美のつないだままの手が引き寄せられると、その唇が不意に覆われた。
近くにいた人も気づかないほどほんの一瞬だった。
思わず閉じた瞼は、すぐに離れた彼の唇とともに開いた。
20年ぶりの彼のキスはその唇の感触さえ確かめることができないほど短いものだったが、その瞬間麻美は村木野の手を思わず握りしめていた。
「ごめんね、お腹空いたね」
まるで何ごとも起きなかったかのように、麻美を覗き込むようにして彼が言う。
「はい、いっぱい歩いたし」
つられて彼女も微笑んだ。
すぐそばを通る高速道路から低く聞こえてくる車の音だけが都心にいることを思い出させてくれる。
澄んだ空の蒼に映える楓の紅葉が眼に沁みた。

